東京・中野/新井薬師 ロンパーチッチ

東京・中野/新井薬師 ロンパーチッチ

 

中野新井薬師「ロンパーチッチ」ジャズ喫茶案内

「いかにもなジャズ喫茶」にはしない。

店名もまた、晶子さんの思いつきから生まれた。

「たとえば『コルトレーン』とか、そういう昔のジャズ喫茶のような名前にはしたくなかったんです。また、《インテリの匂い》がするものも避けたかった」(外志雄さん)

「店をやるんだったら『ロンパーチッチ』とかでいいんじゃない? って思いつきを冗談で言い続けていたら、それがそのまま名前になっちゃいました」(晶子さん)

なぜ、「ロンパーチッチ」という造語が生まれたかという理由はまったくないという。ただ語感が気に入ったから、それだけの理由だった。

そのいっぽうで、店のトレードマークになっている鳥のイラストには、いかにもジャズの店らしい元ネタがある。

これは、ニューヨーク・マンハッタンの52丁目にあった名門ジャズクラブ、「バードランド」で50年代から60年代にかけて使われていたシンボルから拝借したものだ。(往年の『バードランド』は1965年にいったん閉鎖したものの1986年に復活、今も44丁目で営業を続けている)。

齊藤さんがこのシンボルを気に入ったのは、「ルーレット」というレコード会社の《バードランド・シリーズ》のレコードジャケットには必ずこのシンボルが付いていることからだった。ルーレットは「バードランド」のオーナーが1957年に創設したもので、カウント・ベイシー楽団を始め数々の名盤をジャズレコード史に残している。

店名からはジャズ喫茶らしさはまったく感じさせないものの、それを補完するかたちでジャズっぽい要素が採用されているというわけだ。しかしこれは意図したものというよりも、たまたまそうなっただけのことなのだろう。

そしてジャズ喫茶の顔とでもいうべきスピーカーの選択にも、「狙いすぎない」という齊藤さんの流儀が反映されているようだ。

70年代以降、ジャズ喫茶で使われるスピーカーの大半はJBLの業務用スタジオモニターの系譜を汲むものだが、「ロンパーチッチ」のスピーカーはJBLではあるものの、「C38バロン」という、1950年代に民生用(家庭用)として商品開発されたものだ。

民生用JBLの代表機種である「D44000パラゴン」や「C50 オリンパス」「C40ハークネス」を使うジャズ喫茶はこれまでも少数ながらあるが、「バロン」を使う店はほとんどない。惜しくも2015年12月に閉店した吉祥寺の「サウンドカフェ・ズミ」ぐらいだろう。

「中を開けてみたら配線やパーツはかなりの部分は新しいものに替わっていました。秋葉原のオーディオショップで買いました。吉祥寺の『サウンドカフェ・ズミ』で、すごく見た目にひかれまして、お店をやるときの候補として挙がっていたんです。ショップで見つけたときは『商談中』の貼り紙がついてたんですが、店員さんに『お店をやるつもりなんですけど商談が切れたら連絡してください』って話したら、『このお客さんは結局いつも買わない人だからいいっスよ』ってすぐに貼り紙をはずしてこっちに廻してくれたんです」(外志雄さん)

「会社員だったころからふつうの人よりはちょっとは高い機器を持ってはいたんですが、この店を始めてからは逆に『オーディオには興味はない』という姿勢でいることにしています。店内をオーディオ談義の場所にしないための防御策ですね(笑)」(外志雄さん)とのことだが、「ロンパーチッチ」での「バロン」の鳴らし方にはちょっとした特徴がある。

「バロン」のユニットは、大口径の15インチ(38cm)フルレンジスピーカーD130とホーン型ツィーター075の2ウェイで、これはオールドJBL定番の組み合わせであり、当時のカタログには《これによって完璧なバランスが得られます》と解説されていたという。

JBL設立翌年の1947年に商品化されたD130は、ここからJBLの歴史が始まったと言ってもいい初期の傑作で、JBLサウンドの原点であり、またフェンダー社のギターアンプの内蔵スピーカーとして採用されたのを始め、多くの楽器用やPA用スピーカーにも使われた非常に汎用性の高いもので、20世紀のポピュラー・ミュージックのサウンド作りに大きな役割を果たしてきた。

その一番の特徴はとにかく超高能率であることで、わずかな電気信号もそのまま大きなロスなく音に変換することができる。これによって瞬発力に優れ、立ち上がりの鋭い、歯切れのいいサウンドが生まれる。またシャープな音像定位によって写実性の高い音場を再現してくれる。

つまりD130は、いわゆる「JBLサウンド」のイメージをそのまま体現するスピーカーと言っていいだろう。

「バロン」は、もう50年以上前の古いスピーカーだが、そのサウンドキャラクターは青年のようにみずみずしく若々しい。そしてこの鮮烈なサウンドは、「オールドJBL」と呼ばれる50〜60年代の機種に共通する特徴でもある。

ところが、どうも「ロンパーチッチ」では、あえてこのスピーカーの持ち味を抑えているフシがある。簡単にいうと本来の「バロン」よりもややマイルドなのだ。もしかすると、このスピーカーの能力をフルに発揮させてしまうと、客の耳には刺激的すぎると考えているのではないだろうか。

オールドJBLのサウンドは現代スピーカーよりもレンジが狭いが、そのぶん、現代スピーカーのように空間全体に広がっていくというよりも、前に向かって突き刺すように突進してくる。このため長時間になると「聴き疲れする」という人も少なくない。

客のテンションを上げることよりも、客がリラックスして過ごせる喫茶店として成立するように、店内のサウンドを調整しているのではないだろうか。正確に言うと、調整というよりも「買ったときのままで何もしていません」(外志雄)という。

このように、自店のオーディオシステムには原理主義的な頓着はしないというのが齊藤さんのスタンスのようだ。そこには「この店は《オーディオ喫茶》ではありませんよ」という主張が込められているのかもしれない。

しかしだからといって、音量を絞ってBGMを流すために「バロン」を鳴らしているわけでもない。「ロンパーチッチ」のメニューには「会話は小声で」という注意書きがあり、これは、この店がレコードを聴くことが何よりも優先される空間であることを意味している。

音量は、ジャズ喫茶を経験したことのない客にはかなり大きいと感じるぐらいのものに設定されていて、レコードを鑑賞するためには不足ない。

喫茶店であることに間違いはないが、何よりもまずここは「ジャズを聴く場所」なのだ。

このあたりに「いかにもなジャズ喫茶にはしたくない。でもうちはジャズ喫茶です」という、一筋縄ではくくれないこの店の特徴が出ているようだ。

リクエストは重視しない。

外志雄さんがジャズとかかわりを持ち始めたのは高校に入学してからだった。運動をしなくてもいい部活をやりたいと思っていたら、「同じ中学から進学した何人かが入ったのにつられて」吹奏楽部に入った。

吹奏楽部ではサックスを担当した。サックスについてはぜんぜん知らなかったが、花形楽器で人気があったので手を挙げたら、ジャンケンに勝った。武田真治が吹いていてかっこいいなあとかMALTAをテレビで観たことがあるとか、その程度だった。

サックスといえばジャズだろうということで、図書館でジャズのCDを借りて勉強をしてみることにした。予備知識もなく、何も考えずに最初に借りたのは、フリージャズのデヴィッド・マレイだった。

「アルバムのタイトルは覚えてないんですけど、いきなり〝ブギャァ〜〟って。これはひどい、でもスゴいと思って。当時は鬱屈していたので、サックスがヘンな音を出しているものが好きでしたね。ジョン・ゾーンとか。」

「まずは店ありきなので、店でアバンギャルドを聴きたいとかはないですね。傾向としては『JBS』さんの影響がぜんたいに薄く覆っているので、70年代モノを買いがちです。ブルーノートの1500番台とかもある程度は持っていますけど、お客さんに言われるまでは、(メインストリームの)モンティ・アレキサンダーとかを自分で買うようになるとは思ってなかったです。」(外志雄さん)

東京・中野「ロンパーチッチ」ジャズ喫茶案内

レコードのかけかたなどについては特に決めごとはないという。

「ルールはないです。なんだかんだ言ってレコードは毎週買ってますので、それを途切れさせずにかけていればお客さんから『これ、前に聴いたよ』と言われることはないかなと。新譜はほとんどありませんが、《私たちにとっての新譜》はありますので、お客さんが毎日いらっしゃっても、1枚ぐらいは聴いたことないのがかかるんじゃないのかなあというつもりでかけてます。」(外志雄さん)

特に意識はしてないとはいえ、この店特有のレコードの仕入れや選盤が集客につながっていることはまちがいない。この点については、東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で行われた「シンポジウム/ジャズ喫茶の逆襲」において、外志雄さんがその実態について詳しく語っている。

「うちにはレア盤なんてないんです。1万円を超えるようなものは1枚ぐらいしかないです。それも会社員のときにボーナスで買ったもの。この店をやってみてわかったのが、この商売をやっている限り、ぜったいにお金持ちにはなれないということです。永遠に稀少盤に手が届く日は来ないと思います。いまは3ケタものを買っているのが、1500円盤ぐらいまでには手が伸ばせるようになるかもしれませんが(笑)。

「私たちがレコードを買いはじめたのが21世紀に入ってからですから、むかしの相場はまるっきりわからないんですが、オリジナル盤とかでなければとても安いものになりましたよね。若いお客さんからすると、レコードってぜんぜん手にしたことがなくて知らないものですから、ひょっとしたらウチでかけているレコードも高いものと思うかもしれない。(でも実は3ケタ盤ばかりという)そのギャップがこの店を楽しんでもらえる理由かもしれないですね」(外志雄さん)

店を象徴するような《好きなミュージシャン》も、とくに強調するほどの人はいない。

「マル・ウォルドンでいいのかな? うちの奥さんが昔いっぱい買っていたので、マルの枚数は多いと思います。私はフィル・ウッズかなあ。」(外志雄さん)

「だれかひとりは決められないですね。でも、ライブでマルを観ていなかったらお店はやっていなかったと思います。」(晶子さん)。

「だれだれが好きですなんて言わないほうがいいかもしれませんね。《ディスクユニオンの3ケタプライス》にしておきます(笑)」(外志雄さん)

「ロンパーチッチ」が他のジャズ喫茶とは大きく異なる点が、「リクエストを重視しない」というポリシーだ。「リクエスト不可」というほどではないが、齊藤さんから「何かリクエストはありませんか?」と客に話しかけることはない。客から「◯◯はありますか?」と訊かれて、たまたまそれがあればかけるという程度だ。

客のリクエストに完璧に応えるだけのレコード数を収納するスペースが店にはないというのが理由のひとつだろう。

そして、もうひとつは、リクエストを積極的に受けることによって、店でかけている音楽の流れが壊れてしまうことを恐れているのかもしれない。

かつてはごく親しい常連客ぐらいしかやらなかったことだが、最近はどの店でも音源を持ち込んでくる客は珍しくなく、昔ほど「流れ」を気にかけることは店も客もなくなった。

往年のジャズ喫茶店主は異口同音に「選曲はジャズ喫茶の命」と語っているが、リクエストを受けることよってバランスを失い、さらに客を失ってしまうことを「ロンパーチッチ」も恐れているのもかもしれない。冗談でも誇張でもなく、たった1枚の選盤をしくじったおかげで店から客が全員いなくなってしまうこともかつては珍しくはなかったからだ。

本来、ジャズ喫茶とは客のリクエストに答えるのが商売といっていいほど、リクエストは重要なサービスであるはずだが、「ロンパーチッチ」ではあえてそれに背を向けているように見える。しかし、「ロンパーチッチ」よりも1年早く創業し、まるで姉妹店のように「新感覚のジャズ喫茶」と呼ばれる東京・西荻窪の「JUHA(ユハ)」も、同様にリクエストを店の重要なサービスと位置付けてはいない。また2店とも完全禁煙という点も共通している。

これまでジャズ喫茶には必要不可欠と考えられてきた要素をあえて削ったこの2店が好調というのも興味深い事実だ。
(次ページへつづく)

「ジャズ喫茶案内」運営管理人。1959年生まれ。高知県出身。ジャズ喫茶初体験は18歳。ジャズライブ初体験は1978 年、 ジャズ喫茶「アルテック」(高知)でのビル・エヴァンス・トリオ。東京での出版社勤務を経て2013年、名古屋移住。jazzcity代表。

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