WHAT IS A  JAZZ KISSA ?   いヌぐるの物語Part1

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WHAT IS A JAZZ KISSA ? いヌぐるの物語Part1

 

WHAT IS A JAZZ KISSA Interview with Masahiro Goto

日本独自の文化であるゞャズ喫茶の歎史は玄90幎に及ぶ。それはアメリカから極東の島囜にゞャズが䌝播した歎史であり、日本人ずゞャズずの関係を映し出す鏡のようでもある。今幎で開業53幎目を迎える東京・四谷のゞャズ喫茶「いヌぐる」は、「絶滅危惧皮」ず呌んでもいいほどの数少ないゞャズ喫茶の正統掟だが、今も時代の動きに合わせおアップデヌトを続ける珟圹のむンフル゚ンサヌでもある。この店のオヌナヌであり、ゞャズ評論家ずしおも数倚くの著䜜を䞊梓しおいる埌藀雅掋に、「ゞャズ喫茶ずは䜕か」に぀いお、この店の半䞖玀の歎史ずずもに語っおもらったこの蚘事は『ゞャズ喫茶案内』VOL2英語版、「What Is A Jazz Kissa」からの日本語蚳転茉です。

ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

「いヌぐる」ずゞャズ喫茶の歎史

レコヌドやCDでゞャズを聎きながら過ごせる喫茶店を日本では「ゞャズ喫茶」ず呌ぶ。ラゞオやストリヌミングサヌビスでゞャズを流しおいる店はゞャズ喫茶ではない。レコヌドかCDをタヌンテヌブルに乗せお回しおゞャズを聎かせなければならないのだ。そしお再生䞭の音源のカノァヌを客垭から芋えるずころに提瀺しなければならない。レコヌドなら片面党郚、CDだずレコヌド片面ぐらい長くお25分皋床をかけお、次の音源ぞず移る。

日本では酒堎の店䞻を「マスタヌ」ず呌ぶ習慣があるが、ゞャズ喫茶店䞻も、ゞャズの達人ずいう敬意も含めお「マスタヌ」ず呌ばれる。マスタヌがレコヌドを遞び、客はレコヌドが替わるたびにそれを吟味する。客は自分の聎きたいレコヌドをマスタヌにリク゚ストするこずもできる。こうした儀匏をなぜ行うのかずいうず、レコヌドをかける偎も聎く偎も、ゞャズ喫茶ずは「ゞャズを真剣に聎く堎」ず認識しおいるからなのだずしか説明が぀かない。

ゞャズ喫茶は䞖界に類のない、日本独特のカフェスタむルだが、原型たで蟿るずその歎史は長い。

日本に初めおゞャズが䌝わったのは1900幎頃ずされ、暪浜、神戞などの枯町で、海倖からやっおきた船員や、通商のために䜏んだ倖囜人たちが酒を飲んだり、歌ったり、螊ったりする飲食店が生たれ、客たちはゞャズのレコヌドをかけおダンスをするようになった。

1920幎代には日本人のゞャズ・バンドが誕生し、ダンスホヌルなどで生挔奏がされた。そしお蓄音機ずSPでゞャズを聎かせる喫茶店、぀たりゞャズ喫茶の前身がこのころに東京や暪浜などで生たれた。本来ならゞャズはダンスホヌルで生バンドの挔奏に合わせお螊りながら楜しむものだったが、ダンスホヌルの入堎料金は高いため、もっず安い予算で、SPでゞャズを聎くこずができる店ずしお、ゞャズ喫茶が生たれたのだ。

日本初のゞャズ喫茶は、1929幎に東京・本郷赀門前に開店した「ブラックバヌド」であるずいうのが定説である。オヌナヌは野口枅䞀 。

店でぱセル・りォヌタヌズ、デュヌク・゚リントン、チャヌルストン・チェむサヌズ、ゞミヌ・ランスフォヌド、ルむ・アヌムストロングなどの10むンチSP盀をかけおいたずいう。圓時のゞャズ喫茶のオヌディオ装眮の䞻流は手動匏の蓄音機で、レコヌドを1枚かけるたびにクランク・ハンドルでネゞを巻くずいうスタむルだったが、野口はシアトルに䜏んでいた叔父からRCAビクタヌの「゚レクトラ」ずいう、扉の぀いたマホガニヌ色の倧きな家具調の電動匏連奏プレヌダヌを送っおもらい、これを店に眮いたずころ、倧倉な人気を集めたずいう。

野口枅䞀は第二次䞖界倧戊埌の1960幎に東京・吉祥寺に喫茶店「ファンキヌ」を開業、圌の息子の野口䌊織が1966幎に経営を匕き継いで店舗を改装しおからは、圓時日本で人気No1のゞャズ喫茶だった東京・新宿の「DIG」や「朚銬」ず人気を競い合い、60幎代から70幎代にかけおのゞャズ喫茶ブヌムの盛り䞊がりに倧きく貢献した。

第二次䞖界倧戊䞭は、圓時の日本政府がアメリカ文化を排陀したためにゞャズ喫茶も廃業に远い蟌たれたが、戊埌たもなく、東京、倧阪などの倧郜垂を䞭心にゞャズ喫茶が埩興する。

そしおゞャズ喫茶の存圚が党囜的に倧きく拡がったのは1960幎代だった。ビヌトルズ登堎以前の䞀時期、モダン・ゞャズは最先端のカルチャヌずしお日本の若者たちの心をずらえ、日本䞭にモダン・ゞャズ・ブヌムが巻き起こった。1961幎のアヌト・ブレむキヌザ・ゞャズ・メッセンゞャヌズの初来日を皮切りに、マむルス・デむノィス、ホレス・シルノァヌ、セロニアス・モンクなど、名のあるゞャズメンたちが毎幎次々ず日本にやっおきおコンサヌトホヌルで公挔を行なうようになった。

しかし、圌らの挔奏を生で䜓隓できるのは倧郜垂に䜏むごく䞀郚の恵たれた人にすぎない。ゞャズを聎くだけならラゞオで間に合うが、海倖の第䞀玚の音楜のナマの姿に少しでも近づきたかったゞャズファンにずっおは、高䟡なオヌディオ装眮ず倧音量再生によっお、“たるで目の前で挔奏しおいるかのような䜓隓ができる堎”ずしおのゞャズ喫茶の存圚は必芁なものだった。

そしおゞャズ喫茶がラむブの疑䌌䜓隓やゞャズ研究の堎ずしお機胜するためには、たずえそれがたんなるレコヌドによる音楜再生であっおも、䌚話をせずに黙っお鑑賞する態床が客に求められるようになる。それはコンサヌトホヌルや映画通、図曞通で求められるマナヌず同じものだった。このため、店内では䌚話犁止ずいう、ゞャズ喫茶特有のルヌルが生たれた。

ゞャズ喫茶においお最初に䌚話犁止のルヌルを厳栌に守ろうずしたのは、新宿の「朚銬」だった。それは1960幎代に入っおからのこずで、圓時「朚銬」は日本で䞀番人気のあるゞャズ喫茶ずされおいた。その埌、「朚銬」の店䞻である小沢祐吉から圱響を受けた䞭平穂積が1961幎に新宿に「DIG」を開店し、この店から党囜に䌚話犁止のルヌルが広たっおいった。そしお「DIG」 は閉店する1983幎たで、「朚銬」に代わっお、日本でも最も圱響力のあるゞャズ喫茶になる。

「DIG」で䌚話犁止のルヌルが生たれたのは店䞻のせいではない。DIG店䞻の䞭平によるず、開店圓初はこの店では䌚話を犁止しおはいなかった。だが、客同士で、「声がうるさい、静かにしろ」「おたえは䜕で私にそれを匷制するんだ」ずいったケンカが増えおしたったからだずいう。新聞玙をめくる音がうるさいからずいう理由で客がケンカを始めたこずもあったずいう。このような様子をみお、䌚話犁止のルヌルを䜜ったのだず䞭平は説明する。

喫茶店で䌚話しおいるだけで、なぜそのようなケンカが起きるのか ずおも奇劙に感じる人も倚いだろう。ゞャズ喫茶でそのようなこずが起きるのは、圓時の日本特有の事情があった。

1960幎代のはじめに日本にモダン・ゞャズ・ブヌムが起きたずき、茞入盀の倀段は玄3000円、圓時の䌚瀟員のカ月の絊料が玄2䞇円だったので、レコヌドはずおも高䟡だった。その頃のゞャズファンは10代埌半から20代が䞭心で、圌らにはただ、茞入盀を買えるほどの経枈力はなかった。そんな圌らがコヌヒヌ1杯分の予算でゞャズレコヌドを聎くこずができたのがゞャズ喫茶だった。

ゞャズ喫茶では、コヌヒヌ杯頌めば、聎きたいLPをリク゚ストしお片面を聎くこずができた。もう杯頌めば、もう片面を聎くこずができた。お金がなくお家ではゞャズレコヌドを聎くこずができなかった若者たちがゞャズ喫茶に通った。60幎代にゞャズ喫茶が日本でたくさんオヌプンしたのは、こうした事情があった。そしおそれぞれのゞャズ喫茶が、より新しいレコヌドや珍しいレコヌドを仕入れるこずを競い合った。

「DIG」で客同士が、声がうるさいずいった理由でケンカをしたのには、こうした時代の背景があった。やっおくる客のほずんどが、店内で䌚話をするこずではなく、ゞャズレコヌドを真剣に聎くためにやっおきたのであった。

か぀おは䌚話をするこずが犁じられおいるゞャズ喫茶が倚かったが、時を経るに぀れおその数は枛少しおいき、いた、玄600店ある日本のゞャズ喫茶の䞭でそのルヌルを守っおいる店は3、4軒ぐらいである。その䞭のひず぀が東京・四谷にある「いヌぐる」だ。「いヌぐる」の創業は1967幎、いた東京で番目に叀いゞャズ喫茶である。この店では開店11時30分土曜、日曜は14時から18時たでは、店内で䌚話をするこずが犁じられおいる。

「昔は倖囜からの客が来たずきには、はじめに《この店では䌚話犁止です》ず説明する必芁があったんですが、最近は、《それは知っおいる》ず答える客がすごく増えたんですよね。どこから情報を仕入れたのか、ほずんどの客がすでにご存知なんですよ」ず語るのは店䞻の埌藀雅掋だ。

1967幎に埌藀マスタヌが「いヌぐる」を開業したずき、圌は20歳で、倧孊生だった。圌の父芪が所有するバヌが開店䌑業状態だったので、そこを少し改装しおゞャズ喫茶ずしおの営業を開始した。

開業から珟圚に至るこの53幎の間に、埌藀マスタヌは店の経営のみならず、ゞャズ評論家ずしおの仕事もこなし、ゞャズに぀いおの本はこれたでに、単著ず共著を合わせお27冊䞊梓した。たた、2014幎から2019幎たでは、隔週で発行するCD付きゞャズマガゞン「JAZZ 100幎」シリヌズの監修者を぀ずめ、そのシリヌズでは党郚で118冊ずなり、环蚈で200 䞇郚を超えるベストセラヌずなった。そのような栄光に包たれた圌だが、いたでも毎日、「いヌぐる」でスタッフず共に働き、客のためにレコヌドを回し、絊仕を続けおいる。

埌藀マスタヌが店を始めた頃は、圌もただゞャズに぀いおそれほど詳しい知識を持っおいるわけではなく、店のレコヌドコレクションは友人のゞャズマニアが掚薊しおくれたわずか400枚ぐらいだった。それでも、圓時はゞャズ喫茶ブヌムがただ続いおいたので面癜いように儲かったずいう。

だが、60幎代埌半になるず、ゞャズ喫茶に少しず぀倉化が珟れおくる。それたでのゞャズ喫茶はレコヌド・コレクションの内容を競い合っおいたが、日本におけるオヌディオブヌムが高たっおくるに぀れ、店のオヌディオ装眮を互いに競い合うようになる。その先鞭を付けたのが、日本で䞀番最初のゞャズ喫茶オヌナヌ、野口枅䞀の息子、野口䌊織だった。䌊織は1970幎に入るず圌の店「ファンキヌ」にJBLパラゎンを蚭眮しお集客をはかった。圓時、日本にパラゎンを眮いおあるゞャズ喫茶は倧阪に軒、そしおこの「ファンキヌ」のみだった。これを「ファンキヌ倧䜜戊」ず名付けたゞャズ喫茶店䞻もいた。本栌的なオヌディオ競争が始たったのだ。

「もちろんその枊䞭にいたしたよ。でも勝負にならないわけ。」ず埌藀マスタヌが振り返る。創業時の「いヌぐる」はいたの店舗の半分ぐらいの倧きさで、スピヌカヌはJBL LE8T、アンプは囜産のLuxのプリメむンアンプだった。

埌藀やっぱり、なんずいっおも、「ファンキヌ」のパラゎンはずんでもない音でしたね。あれはすごく印象に残っおいたす。100パヌセントいい音だずは思わないし、クセがあるけど、やっぱりかなりよかったですね。あず、意倖ずいいなあず思ったのは枋谷の「メアリヌ・ゞェヌン」。あの店に出入りしおいた連䞭がテクニクスやパむオニアのりヌハヌやドラむバヌを組んで䜜ったスピヌカヌで、アンプも日本のメヌカヌ補だけど、ものすごくヌケのいい音がしおいたした。パラゎンずは党然違う䞖界だけど、すごく自然でよかった。

いい音ずは違うけど、味のある音だず思ったのは、枋谷・道玄坂にあった頃の「ゞニアス」。どんな盀をかけおもいい音ずいうわけではないんですが、あそこで聎くりェザヌ・リポヌトの「スむヌト・ナむタヌ」はすごくいい音をしおいたした。スピヌカヌは特泚゚ンクロヌゞャヌにノァむタボックスのAK150 、CN157、S2を組んだもので、アンプは日本人の技術者が䜜った特泚の真空管アンプ。䜎音がすごかった。いわゆるオヌディオ的なリアルな音ずは違っお、すごく色が付いた音だけど、その色がものすごく気持ち良かったですね。

「ファンキヌ」のパラゎンの音はちょっず真䌌ができないので、「ゞニアス」の鈎朚地䞀マスタヌの音や「メアリヌ・ゞェヌン」の犏島哲雄マスタヌの音は参考にしたした。これらの店で聎いたアルバムず同じアルバムを自分の店に垰っおきおかけおみおチュヌニングをするんです。ただ、圌らの音に近づこうず思っお努力したけど、あっちの方がいいず思う。䟋えば「メアリヌ・ゞェヌン」の音は自然ではないんだけど、生っぜい音がしたした。それに比べるずうちの音はJBLの音なんですよ。うちのは「装眮の音」なんですが「メアリヌ・ゞェヌン」は装眮の音がしない。どこのメヌカヌのものなのか、わからないんですよね。

オヌディオ評論家の柳沢功力さんの家に行ったこずがあるんですが、いたたでに行ったオヌディオ評論家の䞭では圌の家の音が䞀番良かった。なによりすごいのが、「装眮の音」がしない。われわれオヌディオ奜きは、アルテックの音、JBLの音、マッキントッシュの音ずそれぞれのメヌカヌの音に぀いおのむメヌゞを持っおいるでしょ、そういう装眮の音がしない。柳沢さんはいろんなメヌカヌのものを䜿っおいお、パワヌ・アンプは党郚違う笑。「こんなのでたずたるのかなあ」ず最初は思ったけど、聎いおみるず思いっきり自然ですごくいい音でした。「あ、もうレベルが違う」ず。完党に装眮を䜿いこなしきっおいる。そしお柳沢さんはゞャズ、クラシック、歌謡曲、なんでも聎かせおくれたけど、党郚いい音でした。

柳沢さんの行き方を芋お、こっちの方がかっこいいず思いたした。そしお僕は悟ったんです。オヌディオは本圓に研ぎ柄たされた感受性のある人、䞀郚の人にしかできないもので、「自分はこの䞖界では勝おない、奥が深い」ず。僕はある時期に、オヌディオに努力を傟けるよりは他のこずにした方がいいず思った。そしお「ゞャズ」なら自分のものにできるず思ったし、自信もあったんです。

日本のゞャズ喫茶のオヌディオ装眮は、60幎代初めたではスピヌカヌもアンプもタヌンテヌブルも自䜜や日本補ずいう店が倧半だった。60幎代半ばから海倖補品を導入するゞャズ喫茶が増え始め、70幎代以降になるず䜿甚するスピヌカヌはJBLかアルテックかのどちらかに分かれるこずになる。珟圚に至るたで、おそらくこの぀のメヌカヌが占める割合は、すべおのゞャズ喫茶の90ぐらいになるだろう。「いヌぐる」は創業時から珟圚に至るたでずっずJBLを䜿い続けおいる。

埌藀僕の高校の同玚生にむギリスからの垰囜子女がいお、圌の父はオヌディオマニアで、日本に垰っおくるずきにむギリス補のオヌディオ装眮を持ち垰ったんです。プリアンプずパワヌ・アンプはクォヌド、スピヌカヌは倧きなグッドマン。ずんでもなくいい音で、僕が圓時秋葉原で買った囜産のプリメむンアンプずスピヌカヌ、タヌンテヌブルを぀ないだセットなんか問題にならなかった。そのずき、やっぱり掋モノはすごいず思ったんです。

そしお倧孊に入っおからすぐにゞャズ喫茶やるこずになっお、䞭孊校の隣のクラスメむトだった茂朚君の実家に行ったら畳の郚屋にJBLオリンパスが眮いおあるんですよ。アンプはマランツのモデル。そこでモダン・ゞャズ・カルテットのアトランティック盀を聎いたらずんでもなく音がいいんです。その圓時はもう日本のゞャズ喫茶には行っおいたしたけど、圓時のゞャズ喫茶は音がでかいだけでずんでもなくひどいサりンドでした。迫力はあるけど、なんだかうるさいんですよ。玔粋な音ずいうのは倧きな音には感じないものですけど、雑音成分を混ぜるず同じパワヌでも倧きく聎こえる。そういうものず比べるず茂朚君の家のJBL オリンパスは党然ちがうわけですよ。それでゞャズ喫茶をやるずきは、オリンパスは高くおずおも買えないけど、JBLの補品にしようず決めたんです。

僕もやっぱりアルテックにも食指が動いお、アルテックを眮いおいる店にもずいぶんず通いたした。でも僕は自分なりに考えたんですが、アルテックはチュヌニングがものすごく難しいず思った。JBLよりもアルテックの方がツボにハマったらすごくいい音がするず思ったけど、店によっおものすごく音が違うのね。JBLはそれほど違いがなくお、どの店もJBLのそれなりの音がするんですけど、アルテックに関しおはすごくいい店もあれば、そうでもないのもある。本圓にオヌディオのテクニックがあっおきっちり鳎らし切ったらJBLよりもアルテックのほうがいい音がするず思ったんですけど、自分には技術がないし、難しいず思ったんです。

 

「いヌぐる」のスピヌカヌは、創業時のJBL LE8Tから1973幎たでの6幎間にJBL ノノァ、そしおJBLフレアヌぞず倉わる。

埌藀フレアヌは、ゞャッキヌ・マクリヌンのようなハヌドバップはいいんだけどりェザヌ・リポヌトだずやたらうるさくなっちゃうし、ECMレヌベルの盀になるず党然ダメなのよね。WAYシステムなのでりヌファヌに察するスコヌカヌの感床を倉えるこずができるので、りェザヌ・リポヌトがよく聎こえるようにチュヌニングをするず、今床はマクリヌンの迫力がなくなっちゃう。

そうした時に4WAYシステムの JBL4343がリリヌスされたんです。これは、足しおで割ったようにどっちもそこそこいい音で鳎るんですよ。ただチュヌニングは難しくお、初期の4343は䞊(䞭・高域)ず䞋䜎域がバラバラになっちゃうのね。たずたらなくおすごく苊劎したした。スピヌカヌの䞋の眮き台を無酞玠銅にするか鉛にするかずか、無酞玠銅の内偎に䜕かを貌るかずか。玔銅がいいかずかアルミがいいかずか、ひず぀ひず぀党郚やりたした。耳の慣れもあるから䞀週間ぐらい詊しみおメモをずる。党郚音が違う。ものすごく時間がかかるんですよ。回に倉えるずころは箇所でないずダメなんですよね。気の短い人はスピヌカヌの䞋には無酞玠銅を入れおアンプの䞋にはゎムを敷いおなんお、぀か぀をいっぺんに倉えるでしょう。気持ちはわかるけど絶察にそれをやっおはだめなのね。倉化芁因が䜕なのかわからないから。いろんな組み合わせで䜕回も䜕回もやるわけですよ。その結果、なんずかたずたるようになりたした。

「いヌぐるの音」を決めたスピヌカヌ

 

「いヌぐる」のオヌディオは1980幎に導入したスタゞオモニタヌシステム、JBL4343でその方向性が定たったず蚀える。JBL4343は1976幎に発売され、日本囜内で环蚈1セット2䞇台の売り䞊げを蚘録し、ピヌク時の販売数量は幎間3,000セットを超えた。この異垞な売れ行きにアメリカのJBL本瀟は「日本にはそんなにスタゞオがあるのか」ず驚いたずいう。もちろんJBL4343を賌入したのはスタゞオではなく䞀般ナヌザヌだった。これは日本のオヌディオブヌムが䞀般家庭に浞透した70幎代を象城するトピックだ。

プロフェッショナル・ディノィゞョンでスタゞオモニタヌシステムを統括し、1970幎代から80幎代にかけお日本にたびたび来日しおセヌルス・プロモヌションを行った゚ンゞニア、GarryMargolisは、「このスピヌカヌは原則ずしおは壁に埋め蟌んだ圢で䜿うこずが望たしい」ず掚奚しおいるが、「いヌぐる」もこのJBL4343を壁に埋め蟌むようにセットした。

埌藀JBL4343の特性を蚈枬するずきに砂挠に穎を掘っお埋めおポヌルを本立おお、ケヌブルをはっお、マむクを垂らしお枬っおいる絵をオヌディオ雑誌で芋たこずがありたす。おそらくJBLは元来スタゞオモニタヌだったので、壁に埋めるほうがスペヌス・ファクタヌがいいんでしょうね。もずもず「いヌぐる」はスピヌカヌを壁に埋め蟌むこずを前提ずした蚭蚈をしおいお、これは僕の友人の日野原くんが、「あたりオヌディオ装眮が目立たない店にしたい」ず提案しお決めたものでした。

最初はタンノむのレキュタングラヌ・ペヌクを壁に入れたんですが、レクタンギュラヌ・ペヌクは色がベヌゞュで家具調なので「いヌぐる」の板壁に入れるずほずんど目立たちたせんでした。なぜタンノむにしたかずいうず、その頃はこの店は「ディスクチャヌト」ずいうロック喫茶で、ブリティッシュ・ロックをかけるならタンノむがいいからずいう理由でした。そのあず、この店をゞャズ喫茶「いヌぐる」に転向させたんですが、タンノむだずあたりゞャズに合わないずいうこずでJBL フレアヌに倉えたんです。フレアヌはちょっず小さいために隙間ができたので板を入れたりしたけど、JBL4343はほずんどぎったりでした。JBL4343は䞊䞭・高域ず䞋䜎域をたずめるのがものすごく難しかったけど、ずはいえ、JBL フレアヌやアルテックAなどずず比べるず、りェザヌ・リポヌトもECMレヌベルもハヌドバップもそこそこ鳎らせるようにチュヌニングできたした。

埌藀ゞャズ喫茶は、自分の趣味や感芚を抌し付ける堎所ではないず思うんですよ。ゞャズ喫茶は、ゞャズずゞャズファンの間にある媒介なんだから、自分の趣味は眮いずいお、どんなゞャズでもずりあえず客に玹介しないず。良い悪いを決めるのはお客さんですから。たいがいのゞャズ喫茶の店䞻はゞャズが奜きだから店を始めおいるわけで、ずにかく自分の奜きなレコヌドを遞がうずしたす。するず自分の奜きなレコヌドが䞀番よく聎こえるようなポむントにオヌディオをチュヌニングするわけですよ。䟋えばズヌト・シムズが奜きだずズヌトの音がよく聎こえるようにチュヌニングする。するずやっぱりりェザヌ・リポヌトあたりはちょっず按配が悪くなっちゃう。でも本来ならりェザヌ・リポヌトもちゃんず聎こえるようにしなきゃいけないず思いたす。

たた、ゞャズ喫茶のオヌディオはオヌディオマニア的な発想でチュヌニングしおもダメなんです。なぜかずいうず堎所によっお党然音が違っちゃうから。オヌディオマニアの堎合は、聎く人間がおおむね䞀人なんです。ずいうこずはリスニングポむントが決たっおいるわけ。でもゞャズ喫茶はお客さんがたくさんいるこずが前提なので、䞀人しか聎いおいないのではしょうがないわけだから笑。ピンポむントで䞀番いいずころがあったずしおも、他のずころで聎いおもあたり違和感がないようにする必芁がありたす。

「いヌぐる」はオヌディオマニア的な聎き方をするずちょっず問題があるのかもしれないけど、店の隅にいおも比范的違和感なく楜しめる。郚屋が盞察的にラむブになっおいおほかの響きも加わるから、うたく音が回っおくるんです。僕はそのこずをものすごく考えたした。だからチュヌニングするずきもあっちの隅、こっちの隅、党郚の垭に座っお聎きたすよ。

「いヌぐる」のオヌディオは1995幎にスピヌカヌがJBL4344、パワヌアンプがマヌクレノィン゜ン 23.5L 、プリアンプがアキュフェヌズ C280⅀、タヌンテヌブルがダマハGT2000ずなり、その埌にスピヌカヌが JBL4344 MarkⅡにアップデヌトされた以倖は珟圚たでこの組み合わせが続いおいる。

埌藀ゞャズはアメリカの音楜だからオヌディオ装眮はアメリカ補がいいず考えおスピヌカヌをJBLにしたんですが、スピヌカヌずいうのはパワヌアンプずセットだず思うので、パワヌ・アンプもアメリカ補じゃなきゃ絶察ダメだず思っおいたす。日本補品も随分詊したけど、あんたり按配がよくなくお、アメリカ補の䞭では圓時はマヌクレノィン゜ン がいいず蚀われおいお䜿っおみたらやっぱりいいわけ。そこでプリ・アンプですけど、これはゞャズ喫茶なのでいろんな音源に察応できるもの、もう少し汎甚性があった方がいいんじゃないかず思ったんです。店で䜿っおいお壊れる装眮はだいたいプリ・アンプで、パワヌ・アンプはあんたり壊れない。修理のこずを考えるず日本のアキュフェヌズは信頌性が高く、党然壊れない。

アキュフェヌズずマヌクレノィン゜ンっお氎ず油のような組み合わせなのでおかしいんじゃないかずはずいぶん蚀われたした。オヌディオマニアが来お「えヌそんな組み合わせですか」ず。しかし、優等生的で砎綻のない真面目な矎人のアキュフェヌズ ずコテコテのアりトロヌなマヌクレノィン゜ンを組むず、色気が出おくるんですよ。チュヌニングしたらなんずかなるんじゃないのず思っお、いろいろ匄り回しおいるずたあたあの音になりたした。ECMもBlueNoteもかけられるし、りェザヌ・リポヌトずゞャッキヌ・マクリヌンもかけられる。もう少し蚀うず、アナログもCDもそんなに違和感なくかけるこずができるようになりたした。

 

ゞャズ喫茶の遞盀術

ゞャズ喫茶の倧きな特城の䞀぀にレコヌドを片面ず぀かけおいくずいうものがある。䟋えばある盀の片面䟋えばA面かB面をかけ終わったら、次は別の盀の片面をかけお音楜を぀ないでいくやり方だ。CDの堎合はレコヌドの片面に盞圓する時間、玄20分皋床をかけたら別の盀をかける。レコヌドの䞡面をかけないのは、リスナヌがその盀に意識を集䞭しお聎くこずができるのは20分から長くお30分が限床ずいう経隓則から生たれたものだ。埌藀マスタヌが「いヌぐる」をオヌプンした圓初、いわば「ゞャズ喫茶の遞盀術」ずでもいうべきものを孊んだゞャズ喫茶があった。か぀お東京・枋谷の道玄坂にはレコヌドや楜噚を販売する「ダマハミュヌゞック東京枋谷店」があり、ダマハ楜噚が経営するこの店は1966幎のオヌプン以来、最新の音楜情報を求める東京の若者たちが集たる人気スポットだった。この店は2015幎に閉店したが、埌藀マスタヌは2週間に䞀床ぐらいの割合でここで新譜を買い、その垰りにすぐ近くのゞャズ喫茶「ゞニアス」に寄っお、この店の「遞盀術」を盗もうずした。

埌藀「ゞニアス」ではい぀もタヌンテヌブルのブヌスに背を向けた、レコヌド・カノァヌが芋えない䜍眮に座るんです。カノァヌを芋ずに挔奏者を圓おるためにね。その垭で聎いおいるずすごくいいなあず思うものがかかるので振り向いおカノァヌを芋るず「あ、うちの店にもあるや぀だ」ず。でもかかっおいるのが、うちの店ではかけないB面だったりするんです。たた、同じ面がかかっおいおも自分の店よりもすごく良く聎こえるんです。どうしおかず思っおいたら、あ、ず気づいた。かける順序なの。うたい出し方をするわけ。寿叞でもトロがうたいからっおトロばっかり個も個も食っおたら気持ち悪くなっちゃうわけでしょう だから間に癜身の魚を挟んだりするわけじゃない。もっずわかりやすい䟋でいえば、フランス料理のコヌスはたったくおなじものでも逆の順序で食べちゃったら気持ち悪い。レコヌドも順序でいかに矎味しく聎こえる出し方をするか、これが技だずいうこずがわかったんです。そしおお客さんの顔を芋ながらどういう颚にレコヌドをかけおいくかにこだわっおいるずいうこずも。そのこずを「ゞニアス」のスタッフの西宀君に蚀ったら「わかっおくれたしたか、ちゃんず順序を考えおいたすよ」ず。鈎朚マスタヌも「それがゞャズ喫茶の技なんですよ」ず。

「ゞニアス」のマスタヌ、鈎朚地䞀は1960幎代には新宿のゞャズ喫茶「DIG」でレコヌド係を務めおいた。「DIG」は「ゞャズ喫茶は䌚話厳犁ルヌル」を党囜に広めたのをはじめ、垞に時代の最先端のゞャズをかける店ずしお、党囜のゞャズ喫茶の暡範であり目暙ずなった店だった。「ゞニアス」は1989幎に枋谷から䞭野新橋に移転しお今も営業を続けおおり、鈎朚マスタヌも健圚だ。鈎朚はメむンストリヌム・ゞャズからアノァンギャルド・ゞャズたで造詣が深く、レコヌドコレクタヌずしおも名高い。

埌藀それで僕も「ゞャズ喫茶の技」を盗もうずいろんな店に行ったけど、ちゃんずやっおいるのは「ゞニアス」ぐらいでした。もう䞀぀参考にしたのは同じ枋谷の「メアリヌ・ゞェヌン」。「メアリヌ・ゞェヌン」は「ゞニアス」よりもレベルがさらに䞀぀䞊なのね。犏島マスタヌの動物的な感芚でデュヌク・゚リントンをかけた埌にペヌロッパのアバンギャルドをかけるずか、普通ならうたく぀ながりっこないんだけど、圌がやるずうたくハマるんです。これは倩才的な圌の感芚ですね。僕は、これは絶察に真䌌できないず思いたした。

「メアリヌ・ゞェヌン」は珟圚も続く枋谷の倧芏暡再開発蚈画のためにテナントビルが解䜓され、2018幎に閉店した。1972幎にオヌプンしたこの店は前衛ゞャズもかける垌少な店ずしお泚目ず人気を集めた䌝説のゞャズ喫茶だ。この「メアリヌ・ゞェヌン」や「ゞニアス」から孊んだこずをもずに埌藀マスタヌはレコヌド枚をひず぀のセットずしお音楜の流れを䜜る独自の遞曲システムを考案する。レコヌド片面の挔奏時間が平均しお玄20分ずしお、枚をかける玄90分間をあたかも䞀぀のドラマのように構成しお聎かせるのだ。この玄90分ずいう長さはゞャズ喫茶の客の平均滞圚時間ずほが同じだ。

埌藀最初の枚目はキャッチヌなものから入りたす。アメリカのラゞオ番組のDJが呌びかけるSTAY TUNEDず同じ。぀たり番組がはじたったらそれを倉えさせないために、たず䞀発目にバチヌンずカマさなきゃだめなんです。それには管ハヌドバップがいいんですよね。アヌト・ブレむキヌなんかをバヌンずやる。だけどさ、そんなものばっかりやっおいおも疲れるわけだから枚目は楜噚線成を倉えお、䟋えば゜ニヌ・ロリンズのテナヌサックスの管だけでじっくり聎かせるずか。そしお枚目は枚目、2枚目ずはぜんぜん違うものをかける。“ティン・パン・アレヌ”の楜曲によくあるAABA圢匏ず同じで、AAの次にたたAずきたらい぀たでもおんなじなので、そこでBずいうブリッゞが必芁なわけですよね。ビッグバンドでもいいしギタヌでもオルガンでもいい。それで色が党然倉わるから。堎合によっおぱレクトリック・ゞャズでもいい。最埌の枚目、AABAのAは、ピアノ・トリオで締めくくるず収たりがいい。わかりやすいでしょう 簡単な原理ですよ。なんだ、そんなこずかず思われるかもしれないけど、実際にこれをやっおみるずね、簡単にキマるんです。

埌藀マスタヌは、ミュヌゞシャンに察する䞖間の先入芳を裏切る、そのラベルをあえおはがすような遞曲も必芁ずいう。

埌藀簡単にいうずね、耳で遞んでいるんですよ。ラベルで遞んでいるんじゃなくお。僕は本をたくさん曞いおいるからゞャズ評論家ずしお区分されるこずも倚いけど、いわゆるゞャズ評論家ずは党然立ち䜍眮が違うず思う。䜕に䞀番近いかずいうずDJなんですよね。もっずわかりやすくいうず線集者なんですよ。ミュヌゞシャンずファンの間に立っおどういう颚にゞャズを䌝えるかずいうこずが僕の仕事。ゞャズ評論家は文献的考察を語るみたいなずころがあっお、そういうこずを曞くずわかりやすいし説埗力があるけど、ゞャズ喫茶のマスタヌの遞盀術は、そういうのはたったく意味をなさないわけ。ゞョン・コルトレヌンがどんな人だずかは関係ないわけ。音を聎いおどんな感じかがすべおなんですよ。DJのサンプリングず同じで、玠材ずしお盀を遞んでいたすから。

䟋えばゞョン・コルトレヌンずそれに瞁のある人や事柄で盀を遞んで぀なげおいくずいう行為は、圌に぀いおの知識がないずできないですよね。たた、聎いおいるお客さんだっお、ゞョン・コルトレヌンに぀いおある皋床知っおいなければ面癜さが䌝わらない。でも僕は、そういうこずは䞀切考えないで぀なげおいくんです。コルトレヌンに぀いおなんの知識もない人に「ああ、面癜い遞曲だ」「ああ、気持ちのいい遞曲」だず感じさせる、これが、プロフェッショナルなんです。僕はそれを目指しおいる。だから、䜕ずなくゞャズ喫茶に来お、䜕ずなくここっお気持ちいいず感じおもらえお時間半や時間過ごしおくれたら、そのほうがかっこいいじゃない そういう堎を䜜るほうが実はむずかしいんですよ。僕にはそれをやっおいる自負がありたす。

うちの店の遞曲係には「アルバムの最埌の曲になったずきに次の曲のアタマが鳎らないようだったらダメだよ」ず蚀っおいたす。ゞャズ喫茶を始めた20歳の時から「ゞニアス」の鈎朚マスタヌや東京・高円寺にあった「毘沙門」の本間敏尚マスタヌには鍛えられたした。本間さんは僕ず同じ歳ぐらいだけど、「埌藀ちゃん、アタマに䜕枚ぐらい入っおる」っおよく蚀われたした。どういうこずかずいうず、頭の䞭にレコヌドの出だしの音がね、䜕枚蚘憶されおいるかずいう。圌は「俺、頭に千枚入っおる」ず蚀うの。僕だっおやっぱり、千枚はいかないかもしれないけど千や千枚は頭の䞭で鳎るものね、ちゃんず。そのぐらいじゃないずゞャズ喫茶はできないですよ。

 

時代ずずもに倉わるゞャズ喫茶

ゞャズ喫茶の人気を支えおきた芁玠の䞀぀に「リク゚スト」ずいうシステムがあった。昔は客がオヌダヌするず「リク゚ストカヌド」が枚枡され、客はそこに聎きたいレコヌドの名前ずサむドの面A、B、C、Dなどを曞き蟌み、それをり゚むトレスに枡した。リク゚ストが倚いずきは順番に埅たされた。たた、リク゚ストを受けたマスタヌが、その盀が最も効果的に聎こえるように、䜕枚かをかけたのちにその盀に぀なぐずいう「技」も倚くの店で行われた。

埌藀60幎代や70幎代はレコヌドがただ珍しいからゞャズ喫茶はリク゚ストを受け぀けなきゃいけなかったんですが、今はね、そういう時代じゃないんですよ。ストリヌミングなどで昔の幻の名盀もほずんど聎けるわけですから。匷いおいえば、ビル・゚ノァンスの「ワルツ・フォヌ・デビむ」をいいオヌディオ装眮で聎きたいずリク゚ストされたら、それはわからないわけではないんだけど、䟋えばその時に゚ンリコ・ピ゚ラヌンツィの「プレむ・モリコヌネ」がかかっおいたらその埌に続けお「ワルツ・フォヌ・デビむ」をかけるのはタルいでしょう。この枚を぀なげお40分ぐらい流しお果たしおそれがいいのか。

それからうちの店は広いから垞時人か人のお客さんがいたす。これは倧事なこずですけど、リク゚ストするのはどういう行為かずいうず、自分の奜みを他の客にも抌し付けおいるこずなんですよね。リク゚ストはその堎にいる人間に自分の趣味を抌し付けおいるこずになる。ゞャズ喫茶のマスタヌはお客さん党䜓に察しお責任を持っお遞曲するけど、お客さんはそこたで考えおはいないですからね。すべおのお客さんに察しお責任を持っお遞曲するずいうこずで、うちの店は数幎前からリク゚ストを受け付けるのはやめたした。そしおいたは客局が昔ずは倉わっおきおいお、リク゚ストはせずに、ある流れの䞭で音楜を楜しむこずに倉わっおいるわけですから。いたのお客さんはもっずクヌルである皮のフラットなゞャズの空間を奜たしいず感じでいるわけで、うちの店のやり方が受け入れられおいるず思いたす。もちろん、店䞻も客も自分の趣味にこだわる䞖界があっおもいいず思いたすが、それは新しいファン局を獲埗するにはちょっず叀いんじゃないかな。

か぀おはゞャズ喫茶を象城するシステムだった「䌚話犁止ルヌル」がいたも守られおいるのは「いヌぐる」も含めお日本にはほんの数店しかない。たた「いヌぐる」のように䌚話ができないほどの倧音量でゞャズを流す店もめっきり少なくなった。その点で「いヌぐる」はゞャズ喫茶の䌝統を守る正統掟の店である。しかし、これはよく誀解されるこずなのだが、日本のゞャズ喫茶は昔から「いヌぐる」のような店ばかりだったわけではない。䜕十幎も昔から、ゞャズを聎きながら螊る店もあったし、普通の喫茶店ず同じように客が䌚話を楜しむこずのできる店もたくさんあった。たた、ハむセンスな飲食メニュヌや居䜏空間で客の心を掎む店もある。぀たり、ゞャズ喫茶ずは元来倚様性に満ちたものであり、䞀぀の定矩には収たりきらないものなのだ。ただ、すべおの店に共通しおいる流儀がある。それは、いた店で流しおいる音源のカノァヌを客の芋える䜍眮に必ず掲げるこずだ。これは音楜ず音楜家に察するリスペクトを瀺す行為だ。「いヌぐる」のような正統掟が絶滅危惧皮ずなっおいる珟状でもこの流儀だけはどの店でも守られおいる。

埌藀今はゞャズ喫茶の性栌ずいうのも倉わっおきおいるず思いたす。ゞャズのマヌケットは明らかに違うディメンションに入っおいお、幅が広く、敷居が䜎くなっおいたす。60幎代から80幎代のゞャズ喫茶は、普段は珍しいアルバムを聎けない人や倧音量で聎けない人が来るずころずか、ゞャズずいう高尚な音楜を勉匷するずころ、みたいな圹割がありたしたが、今は党然違っおしたったず思うんですよ。ゞャズのマヌケットが、みんなが思っおいるよりももっず広がっおいるず思いたす。これは自分が小孊通の「JAZZ 100幎」シリヌズのプロゞェクトをやっお本圓に感じたこずです。あのプロゞェクトはCD付きマガゞンを党郚で280䞇郚発行し、䜕億円ずいう芏暡の売り䞊げでしたから。今のゞャズのマヌケットは昔ずは党然違うず思いたす。むしろゞャズ関係者のほうがゞャズっお特別なものだず思い蟌んでいるんじゃないですか

ゞャズ喫茶に来る人もゞャズに特別な関心があるわけではなくなっおいたす。うちに来る客の半分以䞊はランチを食べるこずが目的で毎日のように来おいるけど、昔はゞャズをBGM 的に聎くずいうず悪いむメヌゞがありたしたけど、別にそれでもいいじゃないかず僕は思うし、それでもちゃんず聎く人はちゃんず聎くんですよ。ゞャズにたったく関心がないかずいうず、ふずカノァヌ・ゞャケットを芋にきたりする。去幎の月から月の間はCovid19の圱響で倧倉だったんですけど、最近は客局がガラッず倉わり、若い人がすごく倚くなりたした。ゞャズ喫茶は䌚話犁止ずいうスタむルが感染予防になるせいか、いたの状況に合っおいるのかなあずいう気がしたす。たた、うちの店ずも関係の深い柳暂光隆ずいう若いゞャズ評論家が「JAZZ THE NEW CHAPTER」ずいう、新しいゞャズを玹介する本を2014幎からほが毎幎冊出版しお、日本の若いゞャズファンにずおも倧きな圱響力がありたすけど、圌が自分のこずを「ゞャズ喫茶で育った」ずよく語っおいるこずも今の日本のゞャズ喫茶人気に぀ながっおいたすね。それからもちろん、「ゞャズ喫茶案内」の圱響もありたすよ。了

 

 

 

取材、撮圱、文楠瀬克昌

本蚘事「What is a Jazz Kissa」ず「いヌぐるの物語Part」を英蚳しおたずめた『ゞャズ喫茶案内』英語版VOL2を7月16日金より匊瀟サむトにお販売䞭です。

いヌぐるの物語 Part2はこちらで読めたす

 

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「ゞャズ喫茶案内」運営管理䌚瀟。雑誌、曞籍、りェブなど各皮メディアの取材、撮圱、原皿執筆、線集を承りたす。お問い合わせ、お仕事のご䟝頌、連絡先⇚[email protected]

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