『ジャズ喫茶論』の読み方、読まれ方

『ジャズ喫茶論』の読み方、読まれ方

キーワードは「多面性」

ジャズ喫茶についての本はいろいろあるが、その歴史や特徴についてまとめたものとなると、まずはマイク・モラスキーの『ジャズ喫茶論』(筑摩書房・2010年)と後藤雅洋の『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』(河出書房新社・2008年)の2冊を挙げなければならない。

早稲田大学国際教養学部教授のマイク・モラスキーはかつて熱烈なジャズ喫茶愛好家であり、後藤雅洋は今年で創業51年目を迎える東京・四谷のジャズ喫茶『いーぐる』の店主だ。

この2冊はともに著者の豊富な知見をもとに可能な限り公平かつ客観的な視点からジャズ喫茶の姿を後世に伝えようとしていることから、ジャズ喫茶を知るためには必須の参考資料となっている。

ただ、モラスキーの『ジャズ喫茶論』については、ここ数年、気になる読者の反応をSNS(Twitter)で見かけるようになった。

それは、同書への読後感想として「ジャズ喫茶というのは頑固なジャズ喫茶店主が客に自分の意見や趣味を押しつける場所ということがわかった」といった類のものだ。さらに「戦後日本のジャズ受容の歴史において、ジャズ喫茶は文化的な抑圧装置として機能した」といった趣旨の発言もときどき見かけるようになった。

SNSだけではない、ジャズ喫茶を紹介するメディアの中にも「かつてのジャズ喫茶は禁欲的な聴き方を客に強要する空間だった」という視点をときどき見かけるようになった。

このような現象には同書の影響力も一役買っているのではないかと思う。

しかし、それは同書を読み違えているというのが私の見解だ。確かにそのように受け止めてさせてしまう部分もあるが、注意深く読んでみると著者の本意がそこにあったわけではないことがわかってくる。

では何をもって「読み違い」と私が判断するのか、この点を中心にこれから書いてみようと思う。

本書は8つの章立てで構成されている。

  • 第1章 あるジャズ喫茶初体験記
  • 第2章 ジャズ喫茶とは何か
  • 第3章  ジャズ喫茶人
  • 第4章 基地の町から響くジャズ
  • 第5章 目で捉える音
  • 第6章  白黒からの脱却——前衛映画とフリージャズ
  • 第7章  今治に行け
  • 第8章 新たなジャズ喫茶史へ

第1章「あるジャズ喫茶初体験記」は、1976年にアメリカから日本にやって来て東京で暮らすようになった著者が、新宿で初めてジャズ喫茶の存在を知り、その日本独特の空間に違和感を覚えながらも「DIG」「DUG」「木馬」「ポニー」「タロー」「びざーる」などに常に出入りするようになったこと、そしてジャズ喫茶の魅力に憑かれ、日本国内を旅するときには行く先々の町でジャズ喫茶を探し出し、訪ねるようにまでなったことなどが書かれている。

第2章「ジャズ喫茶とは何か」は、ジャズ喫茶の定義と歴史について述べたものだ。著者は、ジャズ喫茶の定義を簡潔にまとめると「ジャズ喫茶——客にジャズ・レコードを聴かせることが主な目的である喫茶店」ということになるとし、ジャズ喫茶が生まれたといわれる昭和初期から、全盛期であった1950年代末期から70年代初期までの、ジャズ喫茶の変遷が説明されている。

第3章からは、ジャズ喫茶店主へのインタビューから得た情報も踏まえながら、より具体的に踏みこんで「ジャズ喫茶像」を描きだす試みが展開される。

そしてこの第3章が読者にとってもっともインパクトの強い内容になっており、一部の読者が「読み違え」をしてしまうその大きな原因は、この章にあるのではないかと私は思う。本書の印象を決定づけてしまうほど、この第3章は重要なのだ。

「ジャズ喫茶人」というタイトルがつけられた第3章は、冒頭で京都のあるジャズバーのマスターのエピソードが紹介される。

これは和歌山で1978年から営業を続けているジャズ喫茶の経営者夫妻の体験を再現したものだ。以下、少し長くなるが重要な部分なので要約なしで引用する。

たまたま夫妻が入店したとき、ほかに若い常連客らしい一人しかいなく、彼はバーカウンターを挟んでマスターと向き合いながらさんざん叱られていた。和歌山からの来店者がお店のドアを開けたとたん、最初に耳に入ったのはがんがん鳴るジャズレコードではなく、マスターの怒鳴り声だったのであるーー「お前は、ジャズのことは何も分かっておらんじゃないか!」と、若い客を罵っている。客が黙り込み、説教が続く。「なんで同じことを何度も教えなければならないのかよ!」などなど。

夫妻は入店したもののさすがに帰ろうと考えたが、狭いだけに一旦入ってしまえば帰りにくく、躊躇しながらカウンターに腰を下ろした。説教の合間におずおずと注文してみた ーー「あのー、すみませんが、ビールを‥‥‥」。だが、無我夢中のマスターは、「待ってくれ」と注文をはねのけ、そして紙二枚と鉛筆二本を取り出し、ふたりの前にボンと置き、「まず、君たちにとって「ジャズとは何ぞや」を、ちゃんと書いてくれ」と命令する。あっけに取られながら仕方がなくふたりは、一応、命令に従い、書き終えてからマスターに「答案用紙」を渡す。

マスターは読みながら、「うん、うん」とうなり、初めてふたりの顔をまともに見て、「結構ジャズのことが分かってるじゃないか」と言って、ビールをようやく出し、またその客に食ってかかった。「ほら! 彼らはちゃんと分かってんのに、お前はまだ全然だめじゃないか!」と憤慨して、かわいそうな青年をついに店の外に放り出してしまった。

まるで著者本人がここまでのやりとりを目撃したかのような迫真の描写だが、これは和歌山のジャズ喫茶経営者夫妻からの聞き取りをもとに再構成したものだ。

このジャズ喫茶経営者夫妻はこの体験について「少し驚きましたが、ジャズへのこだわりの現れだと思います」とし、「あのこだわりをもって今も元気でジャズ喫茶を守っていることには脱帽します」と同業者らしいフォローをしている。

これに対して著者は、このエピソードから次のようなジャズ喫茶論を導き出す。

思えば、「こだわり」という言葉は、ジャズ喫茶を考える上で欠かせないキーワードかもしれない。というのは、ジャズ喫茶のきわめて重要な役割は<鑑賞>を奨励し、育成することにあるからである。まず、ジャズを「芸術音楽」として鑑賞できるように、最適の聴取環境を提供することがその一面である。もう一面は、若い「ジャズ初心者」の客たちに対し、ジャズの「芸術性」に目覚めるように、つまり鑑賞できる力を育成するように、マスターが誘導することでる。結局、ジャズ喫茶であろうと名曲喫茶であろうと、<鑑賞>にまつわるこの二つの面は、昭和初期から現在に至るまで、音楽喫茶の存在理由のひとつであると言っても過言ではないだろう。

ただし、マスターのこだわりが強いからと言って、正真正銘の「通」だとは限らないだろう。また、ジャズが「分かる」「鑑賞できる」客を育てるというより、単に自分と同じこだわりを共有する客層を作っているだけだ、と勘ぐりたくなる。感化されやすい若者たちを閉鎖的な空間に押し込め、自信たっぷりの、個性の強いマスターのお説教にしょっちゅうさらすという状況なので、その恐れは大いにあるのではないだろうか。カルトまでいかないにせよ、その密閉された空間と絶対的な忠誠心を強要するところに、ジャズ喫茶と宗教の場と類似性を見出すこともできよう。愛媛県新居浜市にある「サンジェルマン」の秦正義店主がジャズ喫茶に入った始めの頃「何だか新興宗教に入ったみたいな感じがした」、と振り返っている。

そしてさらに著者は『「ウルサイオヤジ」の例を紹介しよう』と、もう一人のマスターのエピソードを紹介する。引用が長くなってしまうが、本書をまだ読んでいない方に説明するためには重要な部分なのでご容赦いただきたい。

上述の京都の店主は確かに極端だが、同時にひとつの「ジャズ喫茶オヤジ」のステレオタイプを無意識に演じているようにも思える。その役とは、ジャズ喫茶に限らず、おそらく東アジア文化圏全般で見られる型だと思う。武道などでの師弟制度の典型的な「厳しい師匠」が好例だろうーー初めに師匠は怖く近づきにくいが、弟子が忠誠心とマジメさを十分に実証すれば、師匠は面倒をよく見てくれるし、ときに案外優しい側面も見せる、というステレオタイプである。「ジャズ喫茶のウルサイオヤジ」もこの型の流れに位置づけられるのではないか、と私は考える。少なくとも、客との知恵/知識の差に基づく上下関係(力関係)、そして客に服従心を求める代わりにその「道」の真髄を教えてやる、という態度に共通点を見出すことができるのではないだろうか。

そう言えば、東日本のあるジャズ喫茶のインタビューで、当店は以前<私語禁止>の方針を厳守していたと聞いたとき、私は「それなら、マスターは客たちとほとんど会話を交わさないということでしょうか」と質問したが、それに対しマスターが「いいえ、話しますよ。ただ、やっぱり三年ぐらい通い続けてもらわないうとね‥‥‥」と、マジメに答えたことに愕然とした。なるほど、門前払いされてから三日間通い続ける、では足りず、ジャズ喫茶の場合は三年必要というわけか。さすがに厳しい世界である。それならジャズ喫茶のオヤジは怖い、というイメージが定着するのも無理ないだろう。しかし、客が頑張って通いつめたら、いつかマスターに声をかけていただけるかもしれないではないか!

その話を聞いた私は、心のなかで次のように叫んだのであるーー「いったい何様だと思ってんだよ! お前はいつからジャズの大先生になったというのか。確かにレコードはたくさん聴いている。本や雑誌も読んでいるおかげでジャズの雑学や、そのうんちくぐらいは披露できる。しかし、長年自分の店で従順な客に囲まれ、ろくな挑戦を受けたことはないじゃないか。空手に喩えれば、独学で型ばかりを覚え、黒帯を武道用具店で買ってきて自分の道場を開き、一度も実践に臨んだことがないのに、おとなしい弟子たちの前で大威張りに威張るようなものじゃないか!」などなど、次々と込み上げてくる反発的で無礼な言葉を抑えるのに必死だった(これゾ、ジャズ喫茶非国民の真髄!)

著者が「何様と思ってるんだ」と憤るように、ここで登場する2人のマスターはすこぶる感じが悪い。おそらく読者の大半も同感だろう。

ジャズ喫茶を体験したことのない読者の大半は、ここまで読んできて、ジャズ喫茶とはそういう場なのかと認識してしまうだろう。

また、「やっぱり自分が漠然と抱いていたジャズ喫茶のイメージは間違ってはいなかったのだ」と再確認できた思いになる読者もいるだろう。

しかし、次の箇所でそれまでのエピソードの意味が一変する。

言うまでもなく、ジャズ喫茶は以上のようなマスターばかりではない。全体をみればそんなマスターは少数にちがいない。本書のために私が行なった百数十軒のジャズ喫茶店主とのインタビューの経験からすると、確かに一匹狼で、しかも変わり者が多いことは否定できないが、実際にお会いし、しばらく話していて不快な思いをしたことはめったになかったことを付け加えるべきだろう(むしろ、私が相手に不快感を与えたのかもしれないが)。また、上記のマスター二人とも直接会ってインタビューしたのだが、いわゆるクセモノで社会的に不器用ではあるという印象は否めないが、決して悪い人たちではないと思ったし、彼らが私に対して、資料をくれたり、ほかの店のマスターを紹介してくれたりという親切さも見せてくれたことを付け加えたい。

ここまでやや怒りを含んだ言葉で著者は「ジャズ喫茶のウルサイオヤジ」について語ってきたのだが、「全体をみればそんなマスターは少数にちがいない。」と証言しているのだ。

「若者たちを閉鎖的な空間に押し込め、自信たっぷりにお説教する」ジャズ喫茶オヤジは少数派なのだということになると、その他多数の、一般的なジャズ喫茶店主はそうではないということになる。

ではなぜ、少数派のジャズ喫茶オヤジをここで取り上げたのかについて著者はこう説明している。

ただ、いくら少数派だったとはいえ、60-70年代の硬派ジャズ喫茶では、マスターが威張っていて怖い、というイメージが実際に定着したため、それが当時のジャズ喫茶を考える上で無視できない現象であることに変わりないだろう(ちなみに、東京四谷の「いーぐる」のマスター後藤雅洋は、このイメージを皮肉をこめて逆用し『ジャズ喫茶のオヤジはなぜ威張っているのか』という本まで出している)。

ここで注意が必要なのは、本書では一貫して「硬派のジャズ喫茶」と「ジャズ喫茶」を区別して慎重に表現を使い分けている点だ。

しかし、このような使い分けを注意深く読み取れるのは、私のようなジャズ喫茶オタクの類の人間だけであって、ジャズ喫茶経験のない読者には、「硬派なジャズ喫茶」と「ジャズ喫茶」の区別はおそらくつかないだろう。それらを一つにひっくるめて「ジャズ喫茶」と読んでしまうのではないか。

著者によると「若者たちを閉鎖的な空間に押し込め、自信たっぷりの、個性の強いマスターのお説教にしょっちゅうさらすという状況」を作り出していたのは、全体から見れば少数の「硬派なジャズ喫茶」だったということなのだが、そうとは読めずに、60-70年代のジャズ喫茶そのものが閉鎖的で抑圧的な空間だったと理解されてしまうおそれがあるのではないだろうか。

そして、著者の筆の運びを素直に読んでいくと、そのように読めてしまうのも無理はないとも思う。つまり、本書第3章のこの部分は読者の誤読を誘うような構造になってしまっているのだ。

ジャズ喫茶の姿を後世に正確に伝えるためには、まずは分母の最も大きな集団の形態について紹介し、その上でごく少数の特殊な存在として「硬派なジャズ喫茶」について言及する方法が適切だろう。

では、分母のもっとも大きな集団としてのジャズ喫茶とはどのようなものであったのか。

実は、本書はそのことを調査するために取材を重ね、多くの紙数を費やしてまとめたものなのである。

マイク・モラスキーは、本書の「はじめに」でこう書いている。

拙著で発表したジャズ喫茶論の分析および批判は、かなり的を射ているといまだに思っている点もある。とはいえ、実は刊行当時からいくつかの欠点を気にしていたので、いつか徹底的かつ総合的なジャズ喫茶論を書きたい、と内心思い続けていた。その主な欠点というのは、ジャズ喫茶の多面性を十分に描けなかったことである。同書での試論は主に自分の体験を中心にしていたので、もっと多様な体験と視点を取り入れてからジャズ喫茶を再考したいという願望が日に日に強くなった。とくに、東京以外のジャズ喫茶を調査する余裕がなかったために、わがジャズ喫茶論がかなり偏った結果になった、と反省していた。本書は、そのような欠点を正す新たなジャズ喫茶論への第一歩だと考えていただきたい。

つまり、本書のキーワードは「ジャズ喫茶の多面性」なのである。

この引用部分にある「拙著」とは、『戦後日本のジャズ文化』(青土社)のことだ。これはマイク・モラスキーが戦後日本の文化における「映画・文学・アングラ」についてジャズ受容の歴史と絡めあわせながら論じたもので、同書では、日本のジャズ受容の過程で独自な形で発達し、戦後日本のある期間において一つの文化的装置として機能したジャズ喫茶についても言及している。

著者自身が評価するように、『戦後日本のジャズ文化』で展開されているジャズ喫茶論は、のちの『ジャズ喫茶論』とベースとなる部分は同じなのだが、いわゆるフィールドワークの面で弱い点がある。そこに新たな知見を加え、補強してまとめようとしたのが本書である。

おそらくジャズ喫茶の多面性を述べるために、「ジャズ喫茶人」という章を設けて「こんな<ジャズ喫茶人>もいる」という一例として、若者を罵倒する京都のジャズバーのマスターのエピソードを紹介したのだろう。

だが、誰が読んでも強烈な不快感を覚え、ジャズ喫茶に対するネガティブな印象を増幅させるエピソードを「ステレオタイプ」なジャズ喫茶オヤジとしていちばん最初に並べてしまったため、結果として「ジャズ喫茶のマスターってイヤなオヤジだ」「ジャズ喫茶って不快な場だな」というイメージを植えつける効果をもたらしてしまっているように見える。

しかもそこはジャズ喫茶ではなくジャズバーであることが残念だ。

客である若者を怒鳴りつけ、初めて訪れてきた夫婦にも尊大に振る舞う京都のマスターの店はカウンターのみの狭く小さなジャズバーで、これは酒場だ。喫茶店と酒場では、店主と客とのコミュニケーションの質や濃度がかなり違う。

(次ページへ続く)

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