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これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム

これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム

東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」での定期イヴェントの始まりは1988年のことだった。

「いーぐる」店主後藤雅洋氏の初めての著書『ジャズ・オブ・パラダイス』(JICC出版局)が好評を博したのを受けて、本の中で取り上げている101人のミュージシャンの計303枚のアルバムを毎週土曜日に2時間、解説付きですべてをかけながら紹介するという講演を2年間かけて行なった。

その後、レコード・コンサートを中心とする土曜日のイヴェントが定期化し、1991年6月8日 にはジャズ評論家副島輝人氏を司会に、当時ジャズ評論を手がけていた若手の論客たち6 名をパネリストとして迎え、「いーぐる」の第1回シンポジウム「いま、ジャズにとっての批評とは」が開催された。

後藤氏は、自著『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』(河出書房新社)の中で、この第1回シンポジウムは不調に終わったとしている。

パネリスト同士の突っ込んだやりとりがなく、各人の意見もジャズファンに訴えかけるものが稀薄だったという。

また、「あまりでしゃばらずに裏方に徹しようとしたことが裏目に出た」とも振り返り、これ以降は、自分は執筆活動などを通してジャズファンに伝えたいことを「愚直なまでに」伝えようと決心するいっぽうで、ジャズファンに対する強い訴求力を持った若手評論家の育成という目的から、1993年より「いーぐる連続講演」を始めることになったと経緯を説明している。

2016 年7月30日(土)、「いーぐる連続講演第593回 これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」が開催された。

主催は東京・四谷三丁目の「喫茶茶会記」店主福地史人氏。この福地氏をはじめ、東京・新井薬師「ロンパーチッチ」店主齊藤外志雄氏、東京・渋谷「渋谷SWING」店主鈴木興氏、東京・祐天寺「Kissa BossaUmineko 」店主中村大祐氏の4名の「新興ジャズ喫茶」店主をメインパネリストに、会場に駆けつけたジャズ喫茶関係者の声なども交えながら、午後3時30分から午後6時30分までの3時間にわたって意見発表が行なわれた。

会場は超満員、通路に設けた臨時の椅子席もまたたく間に一杯となり、立ち見客や店に入りきれなくて入場を断わられる客も出るほどの大盛況となった。このシンポジウムの模様を以下に再現する。

いーぐる連続講演第593回「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」パネリストたち。左から齊藤外志雄氏(ロンパーチッチ店主)、中村大祐氏(Kissa Bossa Umineko店主)、福地史人氏(喫茶茶会記店主)、鈴木興氏(渋谷SWING店主)
いーぐる連続講演第593回「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」パネリストたち。左から齊藤外志雄氏(ロンパーチッチ店主)、中村大祐氏(Kissa Bossa Umineko店主)、福地史人氏(喫茶茶会記店主)、鈴木興氏(渋谷SWING店主)

福地 これからのジャズ喫茶はどうなるのかを考えていくうえで、その基盤となるものを書き示した「これからのジャズ喫茶を考えるためのシンポジウム」と題したマトリックスをみなさんのお手元に配りました。

マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成
マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成
マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成
マトリックスの左側拡大版:マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成
マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成
マトリックスの右側拡大版:マトリックス「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」福地史人(喫茶茶会記店主)作成

右側にYour’s Nextとある空欄は、参加者それぞれの考え方でここに妄想ジャズ喫茶を経営していただいたら面白いんじゃないかと思って設けました。小林秀雄の『考えるヒント』という本にもありますように、考えるということは結論がないので、考えつづけることが面白いなということで、みなさんの、これからのジャズ喫茶についての考えを足していきましょう。

そのなかで少しでも共有感覚がこの場で味わえたらいいなというのが今回のシンポジウムの趣旨です。まずは本題に入る前に、われわれパネリストの人となりを紹介しながら、それにちなんだ曲を1曲ずつかけたいと思っております。それでは、ひとりずつお願いします。では齊藤さんから。

齊藤 みなさんお暑いなかありがとうございます。それから立ち見のみなさん、本来なら私どもが立つべきなのですが、座って話をさせていただきます。すみません。しつこいようですが(ドリンクの)ご注文がまだのかたはいませんね? ぜんぶ(注文が)とおりましたですね? それでは始めさせていただきます。

中野のはずれ、新井薬師のはずれ、両方の駅からとても遠いところで「ロンパーチッチ」という店をやっております齊藤と申します。2011年の12月からはじめて4年半ぐらい、なんとか生きております。まずは1曲、私はハズレ玉なんですが、私がいちばん最初ということでごめんなさい、「私とジャズとの出会いの曲」ということでかけます。

中森明菜のアルバム『BEST Ⅱ』から「TATTOO」です(場内笑)。

中森明菜/BESTⅡ/ワーナーパイオニア/1988年
中森明菜/BESTⅡ/ワーナーパイオニア/1988年リリース

ありがとうございました。私とジャズとの出会い曲、中森明菜の「TATTOO」でした。

私は1978年生まれなので私が11歳のときの曲です。明菜ちゃんがすごいボディコンで登場して、後ろでトランペットの3人が当て振りでやるんですけど、その3人の中のひとりがいまの芋洗坂係長…(場内苦笑)えー、ハズしました…すみません! 次の人からはちゃんとしたジャズがかかります。

ごめんなさい。ここでがっかりされた方、盛り返しますのでいましばらくご辛抱ください。よろしくお願いします。

福地 はい、ガチ系でいきます。私はいま「総合藝術茶房」と謳って「喫茶茶会記」を四谷三丁目でやっていまして、ジャズはメインじゃないようにみえるので、よくジャズ喫茶の諸先輩方からは白い目でみられています。

しかし、そもそもジャズはかけていまして、いまでも瀧口譲司さんによる「Groovy’s Music Studio」というジャズのレコードを聴く会や1975年から始まる歴史ある九谷ジャズファンクラブの例会を、それぞれ毎月1回開催していますし、益子博之さんと多田雅範さんによる、ニューヨークのダウンタウン、ブルックリンなどの新しいジャズを中心にかける「四谷音盤茶会」というイベントを年4回開催しています。

ふつうにジャズ喫茶としてやっていてもお客さんが入らなくて、苦渋の決断として、演劇、舞踊、文芸、書道、ベリーダンスなどの各種イベントで集客するいっぽうで、あとはほんとうのジャズの聴き手だけを集めた会を開いているわけです。

喫茶茶会記店主/福地史人
福地史人/喫茶茶会記店主/〝ミスタージャズ喫茶愛〟の異名を持つほどのジャズ喫茶ファン。渋谷・道玄坂のジャズ喫茶「音楽館」の後を継いだ「@groove」ではウェブマスターを担当、同店閉店後、2007年に「喫茶茶会記」をオープン。/喫茶茶会記:東京都新宿区大京町2-4サウンドビル 1F TEL03-3351-7904 http://gekkasha.modalbeats.com/

私がジャズを聴きはじめたきっかけは、複合的な要素がたくさんあるんですけど、そのなかのひとつが、1990年ぐらいに「いーぐる」で行なわれていた連続講演に参加したことでした。

店主の後藤さんが著書の『ジャズ・オブ・パラダイス』、私の青春の本でもあるんですが、そのなかの101人のミュージシャンを並べているところを1ページずつ毎週話をされるというものがありまして、たぶん僕がいちばん行ってるんじゃないかなと自負しているんですが、そこでジャズ喫茶のことを学びました。

その頃、後藤さんの「BIRD BOX」というチャーリーパーカーのボックスセットを説明する講演があって、その日だけなぜか客が少なくて、怖い空気感がみなぎっていて、ちょっとだらしのない感じの客がいたら、後藤さんが「もう帰っていいから。聴きたいやつだけがいろ、聴きたくないやつは帰れ、それがビバップだ」とおっしゃってて、人数少ないんで脱出もできなくて、どうしようかなという恐怖体験もありました。

お手元の資料に、私の友人からのメールをそのまま掲載したものがあります。そのなかに「私は、少ないけれども、私の言葉を聴きに来てくれる聴衆を愛している…なぜなら彼らは選ばれた人たちであり、文化的な自負を持った人たちだからです。」というビル・エヴァンスの言葉が書きだされています。

このメールは「茶会記」になかなか来られない友人が私を励ますために送ってくれたものですが、このビル・エヴァンスの言葉は、私の「いーぐる」での「BIRD BOXの体験」とある意味同じことを言っています。

後藤さんの、客が少なくとも本気でやっていくという怖いぐらいの真剣さ、そういうマインドがあるからこそ、私も店の客は少なくてもがんばろうと思っています。

四谷「いーぐる」店主後藤雅洋
四谷「いーぐる」店主/後藤雅洋氏

これから私がかけるのはディジー・リースというトランぺッターの『エイジアン・マイナー』というアルバムから「Spiritus Parkus(スピリタル・パーカス)」という曲です。

チャーリー・パーカーのスピリッツ(Parker’s Sprit)という意味のことを、ラテン語の「Spritus」とパーカーの名前をラテン語ふうに造語したParkusで韻を踏んだという、ビバップがよくやった諧謔的な文字の遊びなんですね。

セシル・ペインというバリトンサックス奏者の曲ですが、彼がどんな気持ちでおたまじゃくしを書いてパーカーのスピリットを伝えようとしたのか、ぜひお聞きくださいませ。

ディジー・リース/エイジア・マイナー
ディジー・リース/エイジア・マイナー/プレスティッジ/1962年録音

(次ページへ続く)

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