書評  MILES:Reimagined 

書評   MILES:Reimagined 

マイルス・デイヴィス/ローズバッド

オーソン・ウェルズが製作・監督・脚本を手がけ主役を演じた『市民ケーン』は、一代でアメリカの新聞王となり、世界的メディア企業ハースト・コーポレーションの土台を築いたウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしたといわれるフィクションで、1941年の公開ながらいまだに世界映画史上ベストワンと評価する声が多い。

この映画は、寝室でベッドに横たわる主人公ケーンが「ローズバッド…」とひと声弱くつぶやき、絶命するところから始まる。

病床の彼が手にしていた小さな一軒家の入ったスノーグローブ(スノードーム)は床に転げ落ちて、ガラス球が粉々に砕け散る。

ローズバッド(薔薇のつぼみ)———いまわのきわに彼が残したこの言葉に、かつて全米を騒然とさせた新聞王ケーンの秘密が隠されていると考えたひとりのニュース映画記者が、ケーンの元妻をはじめ、かつてのケーンを知る人たちに「ローズバッド」の意味を訊ねてまわる。彼らの回想をとおして、ケーンの生い立ちから実業家としての成功、政界進出の野望とその挫折、2度の離婚、そして孤独な晩年まで、その波乱に満ちた半生が明らかにされていく。

結局、「ローズバッド」が何を指すのか、誰も答えることができず、真実は何も掴めないままに記者の取材は終わり、ケーンの一代記も閉じられる。

だが、映画の真のクライマックスは、〝ザナドゥ〟と呼ばれた彼の大邸宅で、厖大な遺品が焼却炉に処分されていく最後の瞬間にやってくる。

倉庫に山のように積まれた遺品の中から、彼が幼年時代に持っていた小さな木製の橇(そり)が焼却炉に投げ入れられるところで映画は最後のシーンを迎えるのだが、その橇の裏には「ROSE BUD」という文字が記されていたのだ。

田舎で小さな宿を経営する質素な家庭に主人公ケーンは生まれるが、宿泊費を払えなかった男から権利書を手に入れた土地から金鉱が発掘されて、一家は一夜にして大富豪になる。

そして、まだ物心がついたばかりの幼いケーンには都会の洗練された教育を授けることが必要と考えた母親によって、ケーンは一家の資産を管理しているニューヨークの銀行家のもとに預けられてしまう。

その両親との離別の日に彼が手にしていたのが、雪の降り積もった家の前で彼が遊んでいた橇、ローズバッドだった。

そして彼が臨終の床で握りしめていた、小さな一軒家の入ったスノーグローブは、彼が両親と暮した、彼の人生の中でもっとも幸福だった時代の光景そのものだった。

アメリカにメディア帝国を築いた巨人の人生最後の瞬間に心に浮かんだものは、幼い日に突然失った両親との暮らしだったのだ。

そして橇の裏に描かれた「ROSE BUD」の文字を目にすることができたのはこの映画の観客だけで、劇中では誰にも気づかれないまま、橇は焼却炉に投げ込まれて炎に焼かれ、煙となって消える。秘密は永遠の謎として封印される。

マイルス・デイヴィスについて語ろうとすると、彼のミステリアスで複雑怪奇な人物像とその作品群を知れば知るほどに、この「ローズバッド」の物語が重なってくる。帝王と呼ばれたマイルスにとっての「ローズバッド」とは何か? 彼の人生のいちばん底に潜むものとは何なのか? この永遠に解かれるはずもない謎に挑むことへの誘惑にかられてしまうのだ。

その誘惑は、ともすれば彼の音楽人生に精神分析学的な光をあてたものへと導くことになる。こうしたアプローチで近年もっとも成功したのは『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』(菊地成孔、大谷能生/エスクァイア マガジン ジャパン)だろう。

奇しくもハースト・コーポレーションを代表する雑誌『エスクァイア』の日本版ライセンスを持っていた会社から2008年に刊行されたこの本は、マイルスの伝記的エピソードやデータの収集と解析、彼が生きた時代の文化、世相、社会的背景への考察、それに音楽家菊地成孔、大谷能生の視点による楽曲分析を交えながら、従来の紋切り型の「ジャズの帝王」ではなく、まるで生身のようなマイルス・デイヴィス像を描きだした。

ケタ外れの面白さで語られたこのマイルス・デイヴィス解読本と、それに先駆けて1992年に出版されて高い人気を集めた中山康樹の『マイルスを聴け!!』(径書房)が、マイルス入門本として、これまでは日本のジャズファンのマイルス・デイヴィス解釈に大きな影響を与えてきた。

これから紹介する『MILES:Reimagined』の監修者柳樂光隆は今年37歳。決定版といえる『マイルスを聴け!!』や『M/D』が行なった作業を十分に見届けてきた世代だ。

すでに語り尽くされてしまった観のあるマイルス・デイヴィスという素材をどう俎上に載せるか。監修者にとってもっとも手腕を問われるところであり、また読者の興味もそこに向かわざるをえない。

まずは、本書の構成と内容を伝えやすくするために目次全文を掲載しておこう。

MILES:Reimagined  2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド

フォトギャラリー

はじめに

PART 1  2016
ドン・チードル、映画『マイルス・アヘッド』を語る
人種差別とマイルス・デイヴィス(小林雅明)
インタビュー:ロバート・グラスパー
インタビュー:ハイエイタス・カイヨーテ/キング
スペシャル対談:ロバート・グラスパー×ハイエイタス・カイヨーテ

PART 2  1949-1950
クールが誕生した後に(吉田隆一)
アルバム・レヴュー1

PART 3  1950’s
『Kind Of Blues』の構造(坪口昌恭)
アルバム・レビュー2

PART 4   MILES & GIL
挟間美帆が語るギル・エヴァンスの編曲術
アルバム・レヴュー3

PART 5  1964-1968
1965年の「アンチ・ミュージック」(大谷能生)
アルバム・レヴュー4

PART 6  1969-1975
2016年に聴くマイルスのエレクトリック期(原雅明×柳樂光隆)
アルバム・レヴュー5
インタヴュー:類家心–トランペットを電化すること
インタビュー:黒田卓也–バンド・マスターとしてのマイルス
特別取材:渡辺貞夫が語るマイルスがいた時代
元担当ディレクター・インタビュー1:伊藤潔
元担当ディレクター・インタビュー2:中村慶一
エンジニア・インタビュー:鈴木智雄
テオ・マセロのテープ編集術(高橋健太郎)
マイルスとアイルト・モレイラ(ケペル木村)

PART 7  1980-1991
貧欲さを増した“復帰後”の作品が訴えるもの(原雅明)
アルバム・レヴュー6
再考:ジャズ/マイルスとヒップホップ(柳樂光隆)
クラブ・ミュージックとマイルス・デイヴィス(廣瀬大輔)
「ブートレグ・シリーズ」を聴く(村井康司)
ドラマー対談:石若駿×横山和明
小川慶太が語るマイルスと打楽器奏者たち
ディスク・セレクション:マイルスの遺伝子

奥付

全体は大きく7つの章に分けられ、「MILES&GIL」以外は、年代でくぎられたそれぞれの活動時期に焦点を当てられている。そして各章の間に、各時期のマイルスのアルバムのディスクレビューがぜんぶで28 枚、ピックアップしてはさみこまれている。

ベテランのジャズファンがまず読んでみたくなるのは、PART6 「1969-1975」に収められた元CBSソニー関係者たちへのインタビューだろう。

1968年3月にCBSコロンビア・レコードの国内発売権を日本コロムビアから移管されて新会社CBSソニーが発足するが、そのときの初代ジャズディレクター伊藤潔をはじめ、マイルス・デイヴィスの日本公演録音盤『パンゲア』『アガルタ』のディレクター中村慶一、『パンゲア』『アガルタ』のレコーディング担当エンジニア鈴木智雄の3名のOBが本書に登場する。

1975年2月1日に大阪フェスティバルホールで行なわれたマイルス公演のレコーディングについては「マイルス・デイヴィス『アガルタ』『パンゲア』の真実」(中山康樹/河出書房新社)という一冊の本がすでに刊行されており、中村と鈴木はそこで当時のいきさつや状況について語っているが、伊藤潔のインタビューは本書が初めてとなる。

伊藤潔は、CBSソニーのジャズ部門の土台を作った人で、マイルス・デイヴィスの国内盤のカタログを初めて体系的にまとめてリリースした。

たとえば『カインド・オブ・ブルー』は、いまではマイルスを代表する大名盤として認知されているが、1960年に日本コロムビアから発売されたときは『トランペット・ブルー』という邦題がつけられ、ジャケットデザインもオリジナルとはまったく異なるものが1965年頃まで発売され続けた。

その後の再発でも『マイルストーン』とのカップリングで2枚組としてリリースされたり、ベスト盤の中に組み入れられてしまうありさまで、オリジナル・エディションに忠実なかたちでリリースされたのは、CBSソニーに移って伊藤が担当した1968年12月になってからである。このとき、CBSソニーとして初めてのマイルスの新録盤『マイルス・イン・ザ・スカイ』が同時にリリースされた。

また伊藤は、会社発足時からスタートして好評を博したマイルスの旧譜発売キャンペーンに続いて、1970年からは、CBS傘下のブランズウィックレーベルが1930年代に録音したデューク・エリントン、テディ・ウィルソン、ベニー・グッドマン、レスター・ヤング、ビリー・ホリデイなどの歴史的音源の数々をはじめ、1955年までに至るコロンビアのジャズ・カタログの名盤をよりすぐった、その名も「DIG」シリーズを約3年かけて計画的にリリースして、洋楽ジャズレーベルとしての信頼を築いた。

発足当初のCBSソニーは若い会社らしいエネルギーにあふれていた。そして、シカゴやサンタナ、ベック・ボガード&アピスの『ライブ・イン・ジャパン』を発表して世界を驚かせていたところに、中村、鈴木両氏に白羽の矢が立ったのがマイルスの『アガルタ』『パンゲア』だったのである。

本書では、伊藤氏6p、中村氏6p、鈴木4pと、計16pの紙数が割かれている。当時のCBSソニー関係者のインタビューにここまでヴォリュームをさいた例はかつてなく、いまだからこそ知りえるエピソードがたっぷりと語られている。

この記事とともに、資料としても貴重なのが渡辺貞夫インタビューだ。

エレクトリック・サウンドを導入して1969年から1972年にかけて発表された『パストラル』『ラウンド・トリップ』『ペイサージュ』の3枚のアルバムと60年代の渡米時代のことが中心に語られていて、1964年のボストンでウェイン・ショーターやハービー・コンコックと一緒に、マイルス・クインテットが出演しているクラブに行ってマイルスに挨拶しようとしたがおっかなくできなかったというエピソードや、トニー・ウィリアムスやマイルス門下生との交流、バークレー時代のことなど、これまであまり語られることのなかった興味深い内容が収められている。

この2本の記事も含めて、エレクトリック・マイルスの時代に焦点をあてたPART6は全部で53ページと、本書の計7つの章の中ではもっとも紙数が割かれている。それは、やはり若い世代にとってもっとも入りやすいのがこの時期のマイルスだからということもあるだろう。

頼家心平、黒田卓也の2人のトランぺッターによるマイルスの奏法や機材解説、ケペル木村によるアイルト・モレイラがマイルスに与えた影響などの記事では、この時期のマイルスがそれまでのジャズの概念をいかにして飛び越えようとしたのか、どのようにして広がりのあるサウンドを創り出していったのか、その試みと秘密が若い読者のために提示されている。もちろん、ベテランのジャズファンにとっても初めて気づかされるところは多いにちがいない。

(次ページへ続く)

「ジャズ喫茶案内」運営管理人。1959年生まれ。高知県出身。ジャズ喫茶初体験は18歳。ジャズライブ初体験は1978 年、 ジャズ喫茶「アルテック」(高知)でのビル・エヴァンス・トリオ。東京での出版社勤務を経て2013年、名古屋移住。jazzcity代表。

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