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書評  厳選500 ジャズ喫茶の名盤

書評   厳選500 ジャズ喫茶の名盤

いまは「意識が高い」という言葉は、相手を揶揄するときに使ういやな時代になってしまったが、かつては、ジャズを通じて、どのようにいま自分が生きている時代と切り結ぶか、そんなことが大いに意識された時代もあった。

これは新宿「DIG」を中心とする60年代のジャズ喫茶から生まれた気風であると私は考えており、このような、がっぷり時代と四つに組むジャズの聴き方を「60年代ストロングスタイル」とこっそり名付けたい。

『厳選500 ジャズ喫茶の名盤』には、その[60年代ストロングスタイルのジャズ喫茶]が持っていたスピリッツが随所にうかがわれる。

それが端的に表われているのが、チャールズ・ミンガスの『ミュージック・リトゥン・フォー・モンタレー1965』だ。

これはミンガスが1964年から1965年にかけて自主制作でリリースした4枚のアルバムの中の1 枚で、他の3枚はこれまで再発されたことがあるが、これだけはサニーサイドレーベルが2006年にCD化するまでは長らく入手困難な音源であり、ミンガスの中でももっとも稀少なアルバムだった(30年ぐらい前に海外のマイナーレーベルがアナログで一度再発したことがあるようだが、それを私は見たことがない)。そしていまではiTunesで買えるしApple Musicでサクっと聴ける。

1965年の9月5日、アメリカ、ロサンゼルスのクラブ、「ロイス」でのライブレコーディングだ。

パーソネルはチャールズ・ミンガス(ベース、ピアノ)、ロニー・ヒルヤー、ホバート・ドットソン(トランペット)、ジミー・オーエンス(トランペット、フリューゲルホーン)、ジュリアス・ワトキンス(フレンチホルン)、ハワード・ジョンソン(チューバ)、チャールス・マクファーソン(アルトサックス)、ダニー・リッチモンド(ドラムス)。

2 枚組1 枚目の冒頭は、ミンガスのオープニング・スピーチで始まり、やがて17分57秒に及ぶ大曲<Meditation on Inner Peace Part1>が、ミンガスのきわめて美しくピュアーなベースのアルコ(弓弾き)による演奏で幕を開ける。

バップこそがジャズという人は、もうここで「お芸術が始まったか」と敬遠してしまうかもしれない。

それは、テーマを一斉で吹いてあとは各自ソロを回して最後にもう一度みんなでシャンシャン、というオーソドックスなジャズのスタイルではない。シリアスで難解なコンテンポラリー・ミュージックといってもよいだろう。

後藤マスターはこのアルバムを次のように紹介している。

じっくりと腰を据えて聴くほどにミンガスの作曲家、バンド・リーダーとしての凄み、味わいが出てくる渋め名演。それは当然バンド・メンバー達の力量にもかかっているわけで、ミンガスの思い描く世界を忠実に表現する彼らの演奏力も聴き所。とにかく音楽としての密度感が圧倒的。だれそれのソロ云々というより、トータルがミンガス・ミュージック。

デヴィッド・ボウイの遺作となった『★』にダニー・マッキャスリンほかマリア・シュナイダー・オーケストラのジャズメンたちが参加して大きな役割を担ったことがいま話題になっており、この2月始めには後藤マスターの「いーぐる」で『デヴィッド・ボウイとジャズ』と題されたイベントが行なわれたが、『★』と、この「トータルがミンガス・ミュージック」には相通ずるものがあると私は思う。

形而上的な美しさにあふれ、ジャンルの束縛から解放された、何ものにも従属しない、芸術性というものが確立された音楽だ。

こういう音楽というのは、やはり座って静かに聴き入るしかない。横浜「ちぐさ」の吉田衛店主が昭和の始めに店を出したころ、アメリカ人に「座ってジャズを聴くのか」と笑われたというが、このミンガスは座って聴くしかない。

こんな音楽を作っていたミンガスはアメリカで孤独だったに違いない。

しかし、60年代のジャズ喫茶の面白いところは、こうした作品をしっかりピックアップし、客の耳にも届けていたことだ。

私にこのアルバムのオリジナル盤を初めて聴かせてくれたのは1967年開業の向ヶ丘遊園のジャズ喫茶「ガロ」の女主人、大野悦子さんだが、ミンガスのレコードはすべて持っているという彼女は、これをかけながら「私はこれがほんとに好きなのよねえ」と遠い昔を思い出すように語ってくれた。彼女は小田急線に乗って10代の頃から新宿「DIG 」に通いつめていたという。

60年代の「DIG」そして「DUG」にはつねに2人のレコード係がいたと、本書の最後に「DIG」のマスターだった中平穂積氏(現『DUG』オーナー)が後藤マスターとの対談で語っている。渋谷(現在は中野新橋)「ジニアス」の店主となる鈴木彰一氏を筆頭に、新宿「DIG」から渋谷「DIG」そして渋谷「ブラックホーク」でレコードを回し続けた松平維秋氏、渋谷「DIG」に勤めたのち、高円寺にロック喫茶「ムーヴィン」をひらいた現オーディオ評論家の和田博巳氏、そしてのちに札幌でフリージャズ中心のジャズ喫茶「act:」を開いた坂井幹生氏などがよく知られている。

坂井氏はバリバリの最前線ジャズ派、また鈴木氏もいっぱんにはバランス感覚に優れた主流派系の人として知られているが、「僕はね、ほんとはフリージャズが好きなんですよ」と笑い、坂井氏と同じように60年代には〝ニュージャズ〟と呼ばれた前衛派のレコードの数々が好きだったことを私に明かしてくれたことがある。

彼らのようなレコード係が、客からの支持がいちばん多い主流派中心の選盤をしながらも、ときおり時代の空気を反映させた「意識の高い」レコードを差し込んで客をアジテートする、それが60年代「DIG」のスタイルだったのではないだろうか。

この「ジャズ喫茶の名盤」からは、そんな匂いが漂ってきて仕方がないのだが、どうだろうか。

チャールズ・ミンガスの『ミュージック・リトゥン・フォー・モンタレー1965』のようなアルバムが、[ジャズ入門ガイド]のような本に載ることはまず、ないだろう。

また、あなたの身近なジャズマニアがこのアルバムを推薦してくれることも滅多にないだろう。

こういうアルバムを薦めてくれるのはジャズ喫茶だけだ。

まさにそれが「ジャズ喫茶の名盤」なのだ。

(了)

文・楠瀬克昌

 

『厳選500 ジャズ喫茶の名盤』後藤雅洋/小学館

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