ジャズ喫茶案内

シンポジウム/ジャズ喫茶の逆襲

大盛況だった昨年のいーぐる連続講演第593回「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム」(2016年7月30日開催)の第2弾として、3月11日(土)、いーぐる連続講演第609回「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム第2回/ジャズ喫茶の逆襲」が東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で開催された。

いーぐる連続講演第609回「これからのジャズ喫茶を考えるシンポジウム第2回ジャズ喫茶の逆襲」パネリストたち。左から後藤雅洋氏(いーぐる店主)、柳樂光隆氏(音楽評論家)、中平塁氏(DUG店主)。右端:司会進行/楠瀬克昌(ジャズ研ジャズ喫茶部)

パネリストに東京・新宿「DUG」マネージャー中平塁氏、東京・四谷「いーぐる」店主後藤雅洋氏、音楽評論家柳樂光隆氏の3名、ゲストコメンテーターとして、東京・新井薬師「ロンパーチッチ」店主齊藤外志雄氏、東京・四谷三丁目「喫茶茶会記」店主福地史人氏、ジャズ喫茶ファン代表柳川道一氏の3名が登場、「ジャズ喫茶案内」運営管理人、楠瀬克昌(ジャズ研ジャズ喫茶部)の司会進行のもと、予定時間を30分以上越えるトークが繰り広げられた。会場は昨年に続いて大入りの超満員、「ジャズ喫茶」に対する音楽ファンの関心の高まりをうかがわせたこのシンポジウムの模様を以下に再現する。

司会(楠瀬)今回のシンポジウムは二部構成となっています。第1部はパネリスト、ゲスト・コメンテーターの方々にそれぞれのジャズ喫茶体験やジャズ喫茶観を順番にお一人ずつ語っていただきます。第2部では「これからのジャズ喫茶」というテーマでパネリストによるトークセッションを展開します。では、これから第1部をはじめます。

はじめに、みなさまのお手元に「日本列島ジャズ喫茶&ジャズバーリスト」という冊子を配布いたしました。これは今年2月25日現在のデータです。なぜこれを配ったかといいますと、ジャズファン、なかでも50歳以上ぐらいのなかには、「ジャズ喫茶なんてもうほとんどなくなってしまっただろう、あったとしても残っている店はごくわずかだろう」と思っている人がけっこう多いんですね。

たとえば「私が学生時代に通った横浜の『ちぐさ』はまだあるんだろうか。たぶんもう閉店してしまっただろう……」とかツィッターでつぶやいている人をたまに見かけるんですが、そういうのはグーグルで検索すれば今は一発でわかります。『ちぐさ』はやってます(笑)。

楠瀬克昌(ジャズ研ジャズ喫茶部) 1959年生まれ。ウェブサイト「ジャズ喫茶案内」運営管理人。合同会社jazzcity代表社員。元雑誌編集者。東京での出版社勤務を経て2013年に名古屋移住。

ネットで調べればすぐにわかることなんですが、中高年のジャズファンはどうもそういうことに疎くてなかなかできない。ジャズ喫茶のマスターのなかにもいまだにメールもやらないという人はけっこう多いですし(笑)。今回は、こうしたリストを印刷して配ることで、いま全国には552軒、まだまだこれだけたくさんのジャズ喫茶やジャズバーがあるということを可視化するという意図がありました。

この冊子は私が運営しております「ジャズ喫茶案内」というサイトに掲載している「全国ジャズ喫茶&ジャズバー・リスト」のデータをもとに作成しました。私がこのサイトをはじめた動機のひとつは、ウェブ上ではジャズ喫茶の情報がまだまだ足りないということでした。その点でこのリストは、サイトを作るうえで、いちばん力をいれたところです。また実際、いちばんアクセスの多いのがこのリストです。

それでは、登壇者の方々を紹介いたします。まず、新宿「DUG」のマネージャー、中平塁さん。「DUG」というとお父様の中平穂積オーナーの存在が巨大で、塁さんはその陰で店をずっと支えていらっしゃるんですが、今日はわざわざお出でくださってお話をしていただけるという、非常に貴重な、レアな機会であると思います。

「DUG」の創業は1967年ですが、いま東京で現存するジャズ喫茶のなかではいちばん古い日暮里の「シャルマン」、それから明大前の「マイルス」、浅草の「フラミンゴ」に次いで…いまはこれらの店は夜のみ営業のバーになっていますけど…いま東京で4番目に古いジャズ喫茶ということになります。その次に東京で古いのが、「DUG」のオープンと同じ年の12 月に創業した「いーぐる」です。今回はそのマスターの後藤雅洋さんにご登壇していただいています。

そしてパネリストの最後、3人目の音楽評論家柳樂光隆さんは、取材で遅れていますが、そろそろお見えになるようです。そのほか、ゲスト・コメンテーターとして、「ロンパーチッチ」の齊藤店主や全国のジャズ喫茶を巡っている「ジャズ喫茶巡礼者」のMitchさんという方々に順番におひとりずつお話をしていただく予定です。

ジャズファンが始めるジャズ喫茶って、まず失敗するんですよ

それでは、まず最初は後藤雅洋さんから、「ジャズ喫茶初体験談」などをお願いします。

後藤 僕が初めて行ったジャズ喫茶は、中平塁さんのお父様の中平穂積さんが1961年に新宿のアカシアのビルの3階で始めた「DIG」です。あれは16、17歳のころだったと思います。当時は高校生で、友だちに連れられて行きました。しかとは覚えていないんですが、おそらくジョン・コルトレーンの『アフリカ/ブラス』がかかっていたのではと思います。ものすごく強いショックを受けました。もちろんそのときはコルトレーンだとかわからなかったんですけど、「DIG」の体験は強烈でした。

その後、20歳になった大学2年生のときに、そこ(いーぐるの前の新宿通り)にまだ都電が走っていて、道の幅は半分ぐらいだったんですけど、(いまの『いーぐる』のすぐ近くで)僕の親父が「いーぐる」というバーをやっていて、それが開店休業状態だったんですね。それで親父に「おまえ遊んでるんだったら、仕事でもしたらどうだ」と言いつけられて、それじゃあ、ジャズ喫茶でもやってみようかということになりました。非常に軽薄な理由で始めたというのが発端ですね。

えー、こういう体験からもわかるように、20歳のころの僕は、ジャズに関心はありましたけど、そんなに詳しいわけでも、のめりこんでいたというわけでもなくて、ジャズ喫茶を50年近くも続けるなんてことになるとは、まったく思ってもいませんでした。

後藤雅洋 1949年生まれ。1967年、慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶「いーぐる」を開業。ジャズ評論家としても執筆、講演、ラジオ出演など幅広く活躍中。著書に『一生モノのジャズ名盤500』、『ジャズ喫茶の名盤500』(小学館)など多数。/いーぐる:東京都新宿区四谷1-8 TEL 03-3357-9857

それで、大学に行きつつジャズ喫茶をはじめたわけですが、開店したのは(赤穂浪士の)討ち入りの日だったのでよく覚えているんですが1967年の12月14日です。なにしろはじめたときは僕自身ジャズのレコードをほとんど持ってなくて、友達が持っていた200枚と僕がヤマハの渋谷店で買った200枚を足したものでぜんぶでした。

のちに(レコード会社の)イーストワークスの偉い人になった漆山(寿一)さんが当時、ヤマハ渋谷店のジャズ売場の主任で、たまたま僕の知り合いがそこでアルバイトをしていたということもあって、非常に有利な条件で、レコード200枚とオーディオセット、ぜんぶで200 万円ぐらいかな、僕が手形を切って揃えました。

僕は商学部だったので、公式の手形でなくても、手形要件を満たしていれば、個人でも手形を発行できることを知っていたんです。いまでも覚えているんですけど、画用紙を切って、それに手形要件を書き込んで、額面10万円の私製手形を200万円分作りました。よくそんなもの信用してくれたと思うんだけど(笑)、私製手形というのは、相手が受けてくれれば、それで通用するんですよね。

いまになって考えてみると、僕はジャズにはまったく詳しくなかったのがよかったと思っています。これはちょっと批判になるかもしれないんですけど、ジャズファンが始めるジャズ喫茶って、まず失敗するんですよ(場内笑)。ようするに、率直に言いますけどね、ジャズファンのジャズ観ってものすごく狭いんですよ。

それは別に悪いことじゃないんですけどね。ファンは好きなものを聴いていればいいんですから。しかしジャズ喫茶というのは、自分の好きなものをかけていればそれで商売が回っていくというような、そんな甘い世界ではないので。好き嫌いは抜きにして幅広く聴かないといけないのですね。

僕がジャズにあまり詳しくないので、当時スイングジャーナル編集長の児山紀芳さんとも懇意で非常にジャズに詳しい人が手伝ってくれて、わりとフラットなジャズ情報を教えてくれたのがよかったんですね。

当時はジャズ喫茶にとって非常に有利な条件があって、僕が大学2年のときに始めた店はこの(いまのいーぐるの)半分ぐらいのスペースしかなく、僕も商売とかまったくやったことがなかったので、右も左もわからなかったんですけど、それでもね、非常に儲りましたね。

私も独身ですし学生でしたからたいしてお金を使うわけじゃないんですけど、やっぱりふつうの学生よりははるかにお金になるんで、遊びまくってですね、非常に楽しかったんですけど(笑)、そのあとはなかなかうまくはいくようにはなりませんでしたね。

それで、大学4年になって就職をどうするかってけっこう悩みました。ジャズは高校生のころから聴いてましたけど、22歳のときは、ジャズをほんとうに把握していたとか、理解していたわけじゃなかったんですね。就職を蹴ってまでこういうことをやってていんだろうかと非常に悩みました。

大袈裟な話なんですが、そのとき僕はですね、ジャズという音楽は信頼に足りるものなのかどうか、ということがいちばん気になりまして。そんなときに『ジャズでいちばんすごい人は誰なんだ?』と、僕に最初にジャズのレコードを貸してくれた、中学の隣のクラスの友だちの茂木くんに訊いてみたら、『やっぱりパーカーじゃないか』と。

もちろん、店を始めたときから、茂木くんから借りたチャーリー・パーカーのサヴォイ盤とかあったので聴いてはいたんですが、なんか短いんですよね、3分ぐらいで終わっちゃうし、うるさいばっかりでまったく意味不明というか。これがいいのかまったく理解できませんでした。

ただ、「わからない」といってるわけにもいかないので、店が終わったあと、集中してパーカーをずっと聴いたんですね。そうしたらようやく、そのアドリブの凄さってのが実感できたんですね。

アタマでわかったということじゃなくて、体感したといっていいと思うんです。じゃあ、どこがいいんだって説明しろっていわれても困るんですね、これは身体(カラダ)の感覚ですから。そのときにパーカーの音楽はとんでもないものだということを実感して、これは本気になって職業としてやっていっていい音楽なんだなという確信を持ちました。というわけで、パーカーのサヴォイ盤から<バード・ゲッツ・ザ・ウォーム>をかけてください。

チャーリー・パーカー/コンプリート・スタジオ・レコーディングス・オン・サヴォイ・イヤーズVOL.3/サヴォイ/1947年録音

えー、まあこういう演奏なんですけど、やっぱりジャズっていうのはとんでもない音楽だなっていうのを私は体感して、それがジャズ喫茶を続けていくことの大きな動機になっています。だからといって、ジャズ喫茶観やジャズ観みたいなものがすぐにできたかというと、そんなことはなくて、ほんとに、まあ右往左往してきたというのが実態です。

いまになってね、ようやく僕はジャズ喫茶とはどういうものかということが非常にはっきりと、明快に理解できるようになりました。

まず、批判めいたことになるかもしれないけど、ジャズ喫茶をやるうえでいちばん大事なことは、ジャズが好きってことが第一なんですけど、ジャズのことだけを考えていればいいというものでもないんですよ。またいっぽう、ジャズ喫茶は商売なんだからお客さんのことを考えなきゃいけない、それは当然なんですけど、お客さんのことばかりを考えていればいいというものでもないんですよ。

それとやっぱりいちばんいけないのがね、さきほども言いましたように自分はジャズ好きだからジャズ喫茶をやるんだというのがいちばんダメなタイプですよね。自分の好きなことをやって人からお金をもらおうなんて、そんな安易な考えで続くわけがないんですよね。

ジャズ喫茶の役割はなんなのかというと、僕はジャズという音楽と、ジャズを聴きたいと思っている人、あるいは潜在的にジャズを聴きたいと思っている人たちをつなぐ架け橋になることがジャズ喫茶の役割だと思います。そういう目的にたいしてはっきりとプロ意識を持つということ。

これは非常にむずかしいんですよね。ジャズにばかり傾くと、お客さんの意向がないがしろになっちゃうし、お客さん、ファンの意向ばかりを大事にすると、かんたんに言っちゃうと非常にコマーシャルな方向にいってしまう。

ジャズを非常にいい状態でもって、ジャズファン、あるいは潜在的にジャズに関心をもっている方々にどう伝えたらいちばんいいかということを真剣に考えてもらう、それが大事だと思うんですね。

正直いいますと、僕にいまそれができているかと言うとまだ模索中で、こういうやりかたがいいんだってことはとくに言えませんけど…。少なくともたんにジャズが好きだとか、ジャズのことを一生懸命考えているとか、ジャズファン第一だとか、そういった単純なスタンスではなかなかジャズ喫茶という場を維持することはむずかしいと思います。

まず第一にジャズに対する幅広く客観的な知識、これ必要ですよね。それともうひとつは、知識だけじゃなくて、それを体感するということですよね。身体でもってジャズという音楽を自分なりに把握する。これは好き嫌いとは関係ないわけですね。好きなものは聴くけど嫌いなものは聴かない、ということではジャズの全体像なんてまったく把握できませんから。

もちろん好き嫌いはあってもいいんですけど、できうるかぎりいまの新旧、それから世界中のジャズを聴いて、それを身体で把握する。最終的には自分なりの判断ということになるんですけど、その手前(の段階では)、あまり先入観をもたないようにする。

ここ数年のジャズというのは、ジャズだけを聴いていれば理解できるものではなくなっているんですね。それは(ジャズ)ミュージシャンがジャズだけを聴いているわけじゃないからです。ヒップホップとかワールドミュージックとか、最近はクラシックとか、彼らはいろんなものを聴いています。

ですから、ジャズに限らず、なるべく先入観をなくして知見を広くさせる。そうしたうえで自分なりのジャズ観を持ってジャズとファンとうまく結びつける、それがジャズ喫茶の役割ではないかと僕は思います。

ただまあ、これは僕の個人的な意見ですから、ジャズ喫茶の営業スタイルは多様であっていいと思います。ウチなんかは午後6時まで会話禁止という、ちょっと厳しいスタイルをとっているんですけど、それだけがジャズ喫茶のあり方だとは思っていません。会話自由で楽しくやるのもOKだし、場合によってはダンスなんかをやるフロアがあっても、ぜんぜんかまわないと思います。

というか、できればジャズ喫茶とはこういうものなんだという先入観を壊すような、新しく多様な営業スタイルの店がいっぱいあったほうがいいんじゃないかなと僕は思います……などと話していたら柳樂くんがいらっしゃいました。柳樂くんいらっしゃい。

(次のページへつづく)

すべてにおいて居心地のいい環境を作りたいと思っているんです

司会 後藤さんありがとうございました。第2部と関連する話もあったと思いますがそれはのちほど深めるということで。それでは中平塁さん、お願いします。

中平 よろしくお願いします。さきほど後藤さんからもお話ありましたけど、新宿にあった「DIG」は1961年に父が始めた店なんですけど、それは私が生まれる前なので、いまから話すことは、父から教わったことであったり、後藤さんのようにそのころ通われていたお客さんから教えてもらったことです。

その当時というのは、やっぱりおしゃべり禁止だったので、「DIG」に入ってきてコーヒーを頼むときもブロックサインで、指で「1」とやるとブレンド、目を指すとアイスコーヒー(場内笑)、「C(シー)」ってやるとコーラ。お酒も禁止だったんですね。

そうこうしているうちに、お酒も飲みたいしおしゃべりもしたい、自由なお店をもう一軒作ろうということで、(1967年に)紀伊國屋さんの裏に「DUG」ができたんです。それから(1977年)にもう少し駅の近く、新宿靖国通りのいまのアドホックの隣に「new DUG」というのを作りまして。地上3階、地下1階のビルで、上が喫茶店、地下がバーでした。

1983年に「DIG」が休業となり、1987年には紀伊國屋裏にあった「DUG」が、「バーニーズ ニューヨーク新宿店」向かいの「モアビル」の4Fに移転しました。「DUG」は紀伊國屋裏のころも、基本は喫茶でしたけど、ときどきジャムセッションをやっていて何枚かレコーディングをしてアルバムも出ていたんですけど、移転後は1995年から毎日ライブをやっていました。

その後「DUG」は、2000年に新宿靖国通りのケンタッキーフライドチキンのあるビルの地下2階に移転し、週2回程度ライブをやっていたのですが、2007年にそこを閉めます。いっぽうアドホック隣の「new DUG」は、1996 年から地上1階から3階の喫茶をクローズして地下1階のバーとして営業を続けていて、その地下1階に「DUG」を移転させました。そして店の名前を「new DUG」から「DUG」と変更し、昼間は喫茶、夜はバーとして営業を始めました。そのときに私がマネージャーとなり、いまに至ります。

父は日大芸術学部の写真科で写真をやっていて、そこでジャズを聴きはじめて、それがこうじて「DIG」をはじめたんです。それからジャズのミュージシャンを撮りはじめて、写真集とかも出させていただけるようになりました。海外にも出かけるようになって、いろんなミュージシャンと交流をするようになり、海外のミュージシャンも東京に来ると店に立ち寄ってくれるようになりました。今は(店でかける音源は)レコードじゃなくてCDだけになっています。それがちょっと残念なんですけど。

みなさんからは小さいころから家でもずっとジャズを聴いてたの? と言われるんですけど、意外にそうでもなくて、私は「DUG」で働く前はぜんぜん違う仕事で、町工場のプレス職人みたいなことをやっていたんですね。そこをやめることになって、1カ月ぐらいブラブラするつもりでいたら、父に「DUG」はいまちょっと人手が足りないから手伝ってよと言われて、(手伝ってるうちに)やめられない状況に追い込まれてしまいました(笑)。

中平塁 1972年生まれ。東京・新宿のジャズ喫茶「DUG」マネージャー。父はジャズ喫茶「DIG」「DUG」のオーナーであり、日本のジャズ写真家の第一人者でもある中平穂積氏。2007年、穂積氏が古希を迎えたのを機に「DUG」のマネージャーに就任。/DUG:東京都新宿区新宿3-15-12 B1 TEL 03-3354-7776

それまでジャズってほんと聴いたことがなかったんですよ。自分からレコードを買うことってほとんどありませんでした。ただ、聴いてなかったかというとそうでもないんですね。もちろん家にはレコードもいっぱいありましたし、やっぱりね、ジャズがかすかに流れていたから、なんとなく刷り込まれていたものがあったと思うんです。

そうこうしてる間に私も20年近く働かせてもらってるんですけど、私みたいな何の知識もない人間でも、働きだして20年も聴いてるとやっぱりいろいろ覚えてくるものですね。

うーん、なんだろうな、ジャズ観というのはみなさんとは違うのもかもしれません。 いまはどこ行ってもジャズって流れてるじゃないですか。居酒屋さんに行ってもラーメン屋さんに行ってもお蕎麦屋さんに行っても。だから、(ジャズって)イージー・リスニングなのかなとは思うんですよね。それだからこそ、「いーぐる」さんで聴きたいとか、「DUG」で聴きたいとかってなるのでは。

じゃあ、その魅力は何なのかというと、さっき後藤さんがおっしゃったように、「レコード」や「音楽」や「ジャズ」と、お客さんとの距離感ですかね。そのバランスがどこか崩れるとやっぱりおかしいことになってしまうじゃないかなと感じますね。

司会 「DUG」は、音楽とお客さんとの調和がとれた雰囲気、店全体が生み出すハーモニーが素晴らしいですよね。

中平 どこかで特化しているのもいいかもしれないけど、すべてにおいて居心地のいい環境を作りたいとは私は思っているんですよね。

司会 喫茶店としての機能に徹しているというか、ある種のおしつけがましさがない。

中平 そうなんですよね、たしかに。それと、いま学生さんとか若い人にもジャズが好きな人が多いんですよね。ただ、何から聴いていいのかわからないということがたまにあるんです。そういうときは、いまかけているのはこれだよと教えてあげたりとか。

何か買おうと思うんだけど、何がいいですかと訊かれたときには、私は、これはちょっと邪道かもしれないけど、コンピレーション・アルバムをおすすめしています。名曲が集められたものを買ってみて、そのなかで気に入ったものがあれば、そこから掘り下げていけばいいんじゃないかと思っているんです。

司会 「DUG」って、おそらく全国でもジャズ入門者がいちばんやってくるジャズ喫茶じゃないかと思うんです。テレビの露出も多いし、いちばんマスコミで取り上げられています。村上春樹の小説(『ノルウェイの森』)に出てくるといった話題性もありますし。

中平 はい、そうですね、あと、60年代や70年代に通ってきていただいていたお客さんから、新宿に来てみたら看板をみつけて「まだあるんだ。学生のころはよく来てたよ」と言われるのはすごくうれしいですよね。やっぱり長く続けることは大事だと思います。

司会 お父様はいまでも夕方は店に来ていらっしゃるんですか?

中平 はい、ほとんど毎日来ています。

司会 お父様がいらっしゃるときにお父様の本を買うと、サインをしていただけたりするんですよね。ふだんは店ではCDのかけ方とか、そういう指導はお父様からいただいたりはするんですか?

中平 うーん、たとえば、かぶらないようにとか。ヴォーカルが好きだからってずっとヴォーカルをかけるとか、そういうことがないように、まんべんなくかけなさいとか。

司会 そういうのはやんわりとアドバイスされるんでしょうか。

中平 そうですね、まちがっているわけじゃないんだろうけど、父が気に入らないなと思うとピッと替えられちゃったりとか(場内笑)。

司会 それ、わかりやすいですね(笑)。

中平 「いまはそんな気分なんじゃないんだよなあ」とかだと思うんですけど。

司会 たぶん「流れ」が違うということなんでしょうね。「この雰囲気でそういうものをかけるのは」という。

中平 そうそう。

司会 そういうことを20年近くやってこられたということですね。ジャズを身体で覚えていくという。

中平 そうですね、身に付いちゃうというところがあったと思います。

司会 いまはご自身の創意工夫でお店をまわしていらっしゃるんですか?

中平 そうですね、いわゆる名盤もかけるんですけど、私がわりと新譜をなるべくかけたいなというのもありまして、時間帯によってなんですけど。店でライブをやっていたということもあるので、気がついたらライブ盤をかけていることもありますね。

司会 「DUG」でのお仕事は最初はライブ関係からはじめられたんでしたっけ?

中平 いえ、最初は喫茶のほうでした。もともとライブの店ではなかったんですけど、ケイコ・リーさんが遊びに来てくれて、「ここでもライブもできるじゃん」と言い出されたのがきっかけで、ピアノを買ったり、PA入れたりしてライブもやるようになりました。

司会 それでライブにもご興味を持たれるように?

中平 やっぱりライブって即興じゃないですか。ハプニングとか、いろいろあるんで、それがすごいおもしろかったですね。

司会 ゆくゆくは「DUG」もまたそういう展開もお考えですか?

中平 いずれやりたいとは思っていますけど、なかなかいまのご時世で新しいお店を展開するのは厳しい状況なので、まずはいまの現状を維持しないと。

司会 それでは、これからかけていただく音源についてのご説明を。

中平 今日持ってきたのはカーメン・マクレエの「アズ・タイム・ゴーズ・バイ/ライブ・アット・ザ・ダグ」。その1曲目の「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」を。1973年の録音になります。

後藤 これ、僕は現場にいましたよ。

中平 カーメンさんはこのときはお腹が空いたらしくてラーメンを立てつづけに2杯食べて、〝ラーメン・マクレエ〟と言われたそうで(場内爆笑)。

カーメン・マクレエ/アズ・タイムズ・ゴーバイズ〜ライブ・アット・ザ・ダグ/ビクター/1973年録音

司会  「DUG」でかけるとよく似合いそうな素晴らしい音源ですね。

中平 最後になりますけど、今日私がコピーしてお配りした記事は、雑誌の『ぴあ』が昭和47年の創刊号のときにいろいろとジャズの特集を組んでて、ちょうどウチも載せていただいたので、なにかの参考資料になればと思います。ありがとうございました。

ジャズと他のジャンルの境界線上にある音楽を教えてもらった

司会 中平さん、ありがとうございました。それでは3番目は、3月8日に『Jazz The New Chapter 4 』(以下『JTNC4』)を出版されたばかりで、非常にお忙しいところだと思うんですが、その監修者の柳樂光隆さんです。よろしくお願いします。

柳樂  えーと、僕は音楽評論家をやってまして、『Jazz The New Chapter』なんて本を(シリーズで)4冊出しているんですが、これはロバート・グラスパーというジャズ・ピアニストを中心にいまのジャズの状況について書いた本で、ロバート・グラスパーって、ジャズとかヒップホップとかを融合した音楽をやっているジャズ・ミュージシャンで、彼のジャズだけの側面じゃなくて、ヒップホップとかロックとかの面も含めて多角的にとらえた本なんです。

僕もロバート・グラスパーと同じ38歳で、ふだんはジャズだけを聴くわけじゃなくて、ヒップホップもエレクトロニック・ミュージックとかも聴いているし、クラシックもちょっと聴いたりみたいな感じなので、「いーぐる」の後藤さんみたいにジャズプロパーじゃないんですよね。

司会 いや、後藤さんもR&Bとかファンクとかもかなりお好きなようで、ジャズだけじゃないですよ(笑)。

柳樂 僕がジャズを聴きはじめたのって、2000年前後くらいで大学生だったんですけど、そのころって、ジャズ喫茶はいまとあまり変わらない状況で、もう、いっぱいあったというわけじゃなかったですね。

で、(ジャズ喫茶は)僕の世代とはなじみのあるものではなかったんですけど、たまたま僕が行ってた大学の近くにジャズ喫茶があって、当時僕は、はっぴいえんどとか、はちみつぱいとか、日本の古いロックが好きで、そのころ付き合ってた彼女が、なんか喫茶店に行ったらはっぴいえんどがかかってたよと、じゃあ、行ってみようかと。

司会 それが「プー横丁の店」ですか?

柳樂 そうですね。国分寺にある店で、いまは別の店主がやっているんですけど、そのころは下北沢の「いーはとーぼ」という喫茶店で働いてた人(渡辺千尋氏)がやっていました。基本的にはジャズ喫茶なので、(店主は)マイルスとかコルトレーンが好きで。ただジャズだけじゃなくて、ブラジル音楽とかレゲエとかアフリカ音楽とか、そういうのも混ぜてかけるような店で、そのときどきに働いているバイトの子とかが持ってくる新しい音楽もけっこうかかっていたので、まあそこでジャズを教えてもらいつつ、ほかの音楽も教えてもらったりというのが僕のジャズ喫茶初体験ですね。

柳樂光隆 1979年生まれ。音楽評論家。現在進行形のジャズを追って大好評のムックシリーズ 『Jazz The New Chapter 』(シンコーミュージック・テイメント)監修者。世界の様々な音源をリリースするレーベル「Jazz The New Chapter Records」監修者。『CDジャーナル』『Jazz Japan』『WIRED Japan』『ユリイカ』などに寄稿。ジャズを中心にライナーノーツ多数。

司会 「いーはとーぼ」はブラジル音楽とかレゲエが専門のようなイメージがあったんですが、マスターはジャズもかなりお好きのようですよね。

後藤 「いーはとーぼ」のマスターは大昔うちの従業員だったからね。

柳樂 今沢(裕)さんですよね。

司会 そうだったんですか。今沢さんは南青山のレコードショップ「パイド・パイパー・ハウス」のスタッフだったということまでは聞いたことがありましたが。「パイド・パイパー・ハウス」店長の長門芳郎さんは、昔、後藤さんが経営していたロック喫茶「ディスク・チャート」のスタッフでしたが、そのあたりからのつながりなんでしょうね。

柳樂 僕がジャズ喫茶で教えてもらったアルバムって、もちろん、いかにもジャズ喫茶でよくかかるビリー・ハーパーみたいな、ああいうのもあるんですけど、たとえばエルメート・パスコアールであったり、エグベルト・ジスモンチなど、ジャズと他のジャンルの境界線上にあるような音楽をけっこう教えてもらったのが僕には大きかったです。

司会 「ジャズ喫茶」ということは最初から意識してたんですか?

柳樂 いちおうジャズ喫茶ということになってたみたいなんで、意識をしていたとは思うんですけど、ただジャズがあんまりかかんないジャズ喫茶だとは思ってましたね。2000年ごろなので当時はクラブがとても活況で、僕の同級生とかはみんなDJとかやっていて、ヒップホップとかテクノとかハウスとかをかけたり、同じように古いジャズとか、ソウルとかファンクとか掘ってきて、そのなかから踊れるものを探してかける、そういうのがすごく流行ってたんですけど、なんか僕はちょっと違うというか、アルバムのなかの1曲をただ抜いてかけるのがそんなにすごくピンときたわけじゃなくて、どちらかというとアルバム1枚聴いたり、片面聴いたりするほうが好きで、ただ、家で聴くよりは音量がちょっとでかいほうがよくて、しかも自分の知らないものをよくかけてくれる場所がよくて、それが(ジャズ喫茶が)自分にとってよくフィットしたという感じです。

司会 ジャズ喫茶についての予備知識はあったんですか?

柳樂 ないです、ないです。

司会 たまたま?

柳樂 そうですね、そこによく通って卒論の資料を読んだり。そういうお店を好きになってから、(2007年に)閉店する前の「ちぐさ」とか(吉祥寺の)「メグ」とか、いろいろジャズ喫茶巡りを。

司会 ジャズ喫茶をいろいろと知りたくてですか?

柳樂 そうですね。ジャズ喫茶に行ってジャズ喫茶を知ったという感じですね。店主がジャズ喫茶の昔話をしてくれるわけですよ。「毘沙門」というフリージャズばっかりをかける店があったとか、吉祥寺の野口さんの「ファンキー」の系列でフュージョンばっかりかけてるチャラい店があったとか(笑)、いろいろ昔話をしてくれるので、なんか面白そうだなといろいろと行くようになりました。

よく行ったのは渋谷の「JBS」。あそこだとジャズというよりはどちらかというソウル、ファンク系が(マスターは)好きじゃないですか。ジャズ喫茶ではあまりかからないような、CADETのころのラムゼイ・ルイスとか。片面ぜんぶ聴かせてくれるから、DJがかけない曲も聴かせてくれるし。

司会 「いーぐる」さんとはどういう関係で?

柳樂 中山康樹さんと村井康司さんと後藤さんのイベントがあって、そこで僕が話しかけて自己紹介をしたんだと思います。当時僕はもう『Jazz Japan』とかに書いてたので。

後藤 中山さんの『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』(NTT出版/2011年)が出たとき、「いーぐる」で関連イベントをずいぶんやりましたから。

司会 それまでは「いーぐる」に行ったことはなかったんですか?

柳樂 いや、客としてはよく行ってました。ただ面識はなかったんです。音もいいし、選曲もいいので好きでしたけどね。(場内笑)

司会 「プー横丁の店」以外でジャズ喫茶観が変わったとか、驚いたという店はあったんですか?

柳樂 選曲だと「いーはとーぼ」がすごい好きで、わざわざ下北沢に行ってましたね。「メグ」とかだと、いわゆるオーセンティックなジャズじゃないですか。大学生のころはそれだけだとしんどくて、ピアノ・トリオとか女性ヴォーカルばっかりだとかったるいなと思ってて。ただ「いーぐる」はすごく面白かったですね。知らないものばっかりかかるし。

司会 「いーぐる」でかかるものってちょっと変わってますものね。オーソドックスではないんだけど古いものも入ってるし、フュージョンのようでフュージョンでなかったり、非常にボーダーレスなところがある。

柳樂 うん、そうなんですよ。当時のDJカルチャーって、高いレコードを持ってるのがエラいとか、めずらしいものをかけるのがすごく価値があるという文化だったので。ただ、「いーぐる」でかかるものって、安いものばっかなんですよ(笑)。しかも国内盤とか。

後藤 あのー(笑)、私はね、あんまり廃盤志向というのがないし、これはもしかすると意見が違うかもしれないけど、ジャズ喫茶っていうとアナログ盤というイメージがある。それは僕はちょっとおかしいと思うんですよね。

音が聴ければいいと僕は思っているものですから。ウチは1967年開店ですので、買ったレコードのなかにはいまは高いものもけっこうあるけど、あんまりオリジナル盤とかアナログに対するこわだりはないんですね。

オーディオファン的な志向はなくはないけど、うーん、やっぱりね、ジャズをお客さんに伝えるということでいうとね、アナログってことにあまり拘泥しちゃうと、ふつうの人は入ってこれなくなっちゃうでしょう。オリジナル盤は高いし。好きな人は買えばいいし、文句をつけることではないんだけど、はっきりいって、演奏のクオリティとアルバムの値段というのはまったく相関関係はないですからね。

司会 高けりゃいいってものじゃないですからね。

後藤 いや、ただフェティシズム的にそういう、モノを集める人がいてもぜんぜんいいと思うし、非難するつもりはなくて、ただ僕にはそういう発想はなく、聴けりゃいいという感じ。

柳樂 僕もわりとそういう感じだったんで、DJがかけるものとも違うし、いわゆるふつうのジャズのガイドブックに載っている名盤とも違うし、しかもけっこう手軽に買えるものがかかってるという意味で「いーぐる」はよかった。

後藤 いやあ、柳樂さんからそう言われるとうれしいですね。ただ、僕としてはふつうのものをかけていて、とくに変わったものをかけている気はないですけど。

司会 客に対して、どうだこれはめずらしいだろうという意識は感じられないですね。

後藤 そういうのって、素人くさいじゃないですか。アマチュアでしょう、そういう発想は。稀少価値と音楽的価値とは相関関係がまったくないでしょう。

司会 いいものをかけているだけというシンプルな話。

後藤 当然でしょう、それは。高くたってたいしたことはないものもあるし、300円ぐらいで売ってる中古盤だって内容のいいものは山のようにありますし。そういうかんたんに手に入るものもお客さんに紹介して、それを買っていただければ。それが僕はジャズ喫茶の役割だと思うんですよ。

司会 べつにCDでもいいじゃないかという話を後藤さんがされると、オーディオには興味がないのかと思われがちなんですが、実は後藤さんはそうでもないんですよね。

後藤 僕もオーディオマニア的なところはありますよ。ただね、オーディオマニアということと、ジャズを聴くということとは、また別の趣味なんですよね。僕はこの店をやるうえにおいては、オーディオ的な知識は必要だから、それは勉強していますし、やっていますけど、僕の個人的なオーディオの好みでこの店のチューニングをしているわけじゃないですからね。

ジャズ喫茶をやるにはオーディオに対する知識は基本的にはなくてはだめだけれども、そこにずっぽりはまっちゃうというのはね、それはオーディオ喫茶になっちゃうからね。

それが悪いということではなくて、そういう店はあっていいと思うんですけど、ただそれはジャズ喫茶とは、オーバーラップしているところもあるんだけど、ちょっと違うんじゃないかなという気がします。

司会 ではここで柳樂さんに、「いまジャズ喫茶で聴きたいジャズ」というテーマで選んでいただいた音源をお願いします。

柳樂 いまニューヨークで活躍している黒田卓也というトランペッターがいるんですけど、「MEGAPTERAS/メガプテラス」という、彼が日本人のメンバーと一緒に結成したユニットが最近出したアルバム『フル・スロットル』から。

黒田さんはヒップホップとかネオソウルみたいなものが好きで、わりといまのトレンドっぽいものを作る人なんですけど、このアルバムはストレートアヘッドとまではいわないけど、即興も多くてジャズファンにはちょうどいいんじゃないかと思って選びました。

黒田さん以外はみんな日本で活躍している方々で、わざわざニューヨークまで行って録音したんですけど、あっちで作られているアルバムと音と同じ音がする、そういう意味でもすごくいまっぽい音がするんですけど、「ジャズ」ですよね。

メガプテラス/フル・スロットル/ユニバーサル・ミュージック/2017年リリース

司会 メガプテラスの最新アルバム『フル・スロットル』から、1曲目の<フル・スロットル>でした。それでは、つぎは「ロンパーチッチ」の店主、齊藤さんです。

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ジャズ喫茶の条件は、お客様の物欲を刺激することじゃないか

齊藤 私がジャズ喫茶をはじめるにあたって決定的な役割を果たしたレコードを持ってきましたので、そのご紹介をしつつ話したいと思います。私はいわゆるふつうのジャズファンとしてCDを部屋で聴くという生活をしているなかで、ジャズ喫茶というものがあることは知っていましたけど、私はいま39ですけど、私の世代になるとジャズ喫茶というのはもう過去の遺物であり、行くと気持ちの悪いおじさんがいる気持ちの悪い場所という認識で凝り固まっていたので、自分から行こうということはなかったんです。

そんな自分が何を思ったか、「ジャズ喫茶をやってもいいかも、オレ、ジャズ好きだし」……さっき後藤さんがおっしゃっていた「いちばんやってはいけないパターン」になったときがありまして(場内笑)。それで、ジャズ喫茶をけっこうまわっていた時期がありまして、いちばん通っていたのが、さっき柳樂さんも言っていた渋谷の「JBS」さんなんですが、今日はその話はしないです。

齊藤外志雄 1978年生まれ。/2011年に「ロンパーチッチ」を開店、「新感覚派のジャズ喫茶」として人気を集める。前回「ジャズ喫茶シンポジウム」ではパネリスト、今回はゲストコメンテータとして発言。/ロンパーチッチ:東京都中野区新井1-30-6三富ビル1F TEL03-6454-0283

中野新橋にある「ジニアス」さんに行っていたときがありました。たまたま席が空いているときだったので、店主の鈴木さんから「何かリクエストある? かけるよ」とおっしゃっていただいて、ちょうど妻と来ていまして、妻に聴いてみたら、当時妻はマル・ウォルドロンぐらいしか知らなかったので、じゃあマルの何かを、と頼んでかけていただいたのが、マルの「Soul Eyes」というアルバムです。今日はそれを持ってきました。

なかなか良いアルバムで、これいいじゃないかって言ってたんですけど、その次の月だったか、ディスクユニオンの廃盤セールで「SoulEyes」が壁にかかっていたんですね。29,800円でした。妻が「買う」とひとこと言って(笑)、言った瞬間に、これはジャズ喫茶をやって元をとらないとダメだなと。そんなアルバムです。ではかけていただけますか。14分ありますので、適当なところで切ってください。「ベニー・ベイリー&マル・ウォルドロン/ソウル・アイズ」のA面2曲目<ソウル・アイズ>です。

べニー・ベイリー&マル・ウォルドロン/ソウル・アイズ/MPS/1968年録音

——マル・ウォルドンのソロが始まるあたりで予定時間の8分を超えそうになったのでいきなりフェイドアウト——

齊藤 すみません、肝心のマルのソロのところで切ってしまいました(場内笑)。29,800円の音をお楽しみいただけましたでしょうか。MPSってものすごく音がいい会社のはずなんですが、このアルバムはそうでもなくて。

1曲目の最初に司会の人がメンバー紹介をするんですけど、それがすごく下手で、お客さんが拍手してる途中にしゃべっちゃうとか。さらに1曲目がはじまると録音のミスなのか音がさらにひどくなって、2曲目あたりで持ち直すんですけど。そういうアルバムを29,800円で買ってしまったことが店を始める条件になりました。

(パネリストの)みなさん、ジャズ喫茶論とかジャズ喫茶とは、というお話をされていたんですけど、私が感じるに、ジャズ喫茶の条件は、お客様の物欲を刺激することじゃないかなと思いまして、レア盤であることはもちろん必要ないですけど、欲しいなと思ってもらえればそれはいいお店なんじゃないかなと。コーヒー代何百円か払っちゃったけど、まあ、それに値するだけのものを聴いたなと、家に帰ってネットか何かでそれを手に入れていただければいいのかなと思います。

あともうひとつ、これはさっきの後藤さんや柳樂さんのご意見とは完全に反するものですが、ジャズ喫茶はフェティシズムが大切かなと思っています。お店というかたちでお客さまにおいでいただくのであれば、多少はアクセシビリティの悪いアナログ盤というものをかけることが重要なんじゃないかなと。これはもう、どちらかというとビジネス的な見地であって、審美眼というところとはぜんぜん関係ない話なんですが。

お店を回していくうえではどなたでも買えるCDであるとか、最新の音源をかけるというよりは、ちょっとめんどくさいアナログ盤にこだわったほうが、お客さんに、よりいいところに来たなと思っていただけるんじゃないかなと思います。

柳樂 世代的に齊藤さんは僕と一緒じゃないですか。ちょうどレコードに対してフェティシズムがある世代ですもんね。レコードがかっこいい。

齊藤 レコードと、あと(ヴィンテージの)ジーパンがかっこよかった世代です。ジーパンは洗わないという。

司会 私なども世代は違うんですけど、ジャズ喫茶でレコードがかかると「なんか得したな」というのはありますね。何が得なのかはよくわからないんですけど(笑)、音がいいといったこととは別の話で、CDよりもレコードがかかってるほうがお得感はあるので、齊藤さんがビジネスとしてレコードを回しているというのはちょっとわかる気がします。

チェーン店でもないのに同じような業態の店が全国津々浦々にある

ということで、齊藤さん、ありがとうございました。続いてですね、今回は一般のお客さんの代表ということで、柳川道一さんにご登場をお願いします。彼は全国のジャズ喫茶巡りをしていて、Mitch というアカウント名でツィッターやインスタグラムなどのSNSに訪ねた店の感想や写真をアップしているんですけど、これまでに行った店の数は400軒を超えているそうです。

SNS上にはほかにも何人か、たくさんジャズ喫茶を回っている猛者がいて、今日もその方々がここに来ていらっしゃるんですけど、今回はその代表ということで、お話をお願いします。

柳川 はじめまして、柳川と申します。本来ならこんなところに出てくる者ではないといいますか、ジャズ喫茶に行くのが好きというだけの人間でございますので、右から左に聞き流していただければと思います。

まず、これまで行った店の数が400軒以上とはいっても、行ってみると元ジャズ喫茶だったとか、もうお店がレストランになっていることとかもありますので、正味ではまだ400軒にはいってないと思います。出張とかひとり旅で回ってます。ただ、2年前に子供が生まれてからはちょっと引退気味でして、週末を使ってどこかに〝弾丸ツアー〟ということができなくなっちゃって、最近はあまり(SNSの)更新ができていませんが、つい先日だと富山に日帰りで5軒回ってきました(場内笑)。

司会 1日に5軒……(笑)。

柳川 初めて行ったのは青森の「DISK」というジャズ喫茶でした。中平穂積さんが撮ったポストカードが売られていて、ああ、かっこいいなと思ったんですけど、ジャズ喫茶ということを特別に心にとめているわけでもありませんでした。

柳川道一 1978年生まれ。/会社員。東京在住。2011年からジャズ喫茶巡りをはじめ、これまでに訪ねた店は全国でおよそ400軒。アカウント名「Mitch」でSNS(ツィッター、インスタグラム)に投稿する店やジャズへの好奇心と執念と愛情あふれる探訪記がマニアの間で人気。

ジャズ喫茶を巡りはじめたのは6年前、「3.11」がきっかけでした。ボランティアで岩手に行ったときに、地元の友だちに一関に蔵を改築した古い喫茶店があるから行ってみたらと言われまして、その後、仙台に行く用事があったときにちょっと足を伸ばしてみるかと寄ってみたのが、その一関の「ベイシー」でした。

最初、入ったときに、なんてうるさい音でかけているんだ、こんなうるさいところにいられるかと思ったんですけど、コーヒー1杯1,000円とちょっと高かったので、せっかく来たのだから粘ってみようと思って、3枚ぐらい聴いてみたら、急に動けなくなっちゃったんですね。

ただの爆音かと思っていたら意外にそうでもなくて、この演奏はすごいぞって。そのレコードがなんだったかは思い出せないんですけど、「あ、ジャズってこんなにかっこよかったのか」と。しかもそういうものをかけてくれる店があったんだということを初めて知りました。そのあと、仙台の「カウント」へ行ったりしまして、それからジャズ喫茶行脚をはじめることになりました。

私はジャズに関しては、(ジャズ喫茶巡りを始める)6年前までは、音源は持っていてもあまり聴いていませんでした。ブルーノートの再発ものとかを大学時代から買ってはいたんですけど、DJのサンプリングのネタとして聴くとか、ラムゼイ・ルイスのような、自分としては踊りやすいものとか、そのぐらいの位置づけで聴いていたので、みなさんが聴いているジャズのよさというのは、たぶんようやく最近わかってきたところです。

いろんなスタイルのお店がありまして、「いーぐる」さんのような老舗もあれば、店主が退職して始めたばかりの店もあったり。さきほど後藤さんからCDかアナログかということにはこだわらないというお話があったんですけど、自分もほんとに、なんでもいいと思っています。長野県の松本にある「ミュージシャン」という店は、正直に申し上げてお店が立派な造りというわけではないし、オーディオセットはいわゆるすごいものじゃないかもしれませんけど、かけていただいたCDが、自分の気持ちにどんぴしゃで涙を流しそうになったということもあります。

ただ、「ベイシー」に行ったときに、「ジャズはかっこいい」、「アナログってすごいな」と思いまして。ビッグバンドも聴いたんですけど、1本しか溝がないのになんでこんなにいっぱい楽器が鳴ってるんだろう、ヴィニールに刻まれた溝ってすごいなという感覚があります。私も38 歳なので、柳樂さんとだいたい一緒の世代なんですけど、DJをやってる友達もいますし、アナログ盤への憧れというのはいまだにどこかにあります。

ジャズ喫茶を巡りながらSNS に(感想や写真を)あげていることについては、自分のなかで決めていることがありまして、ひとつは、お店に行っても迷惑はかけない。なるべく隅っこに座る。空いていればいちばんよく聴こえるところに僭越ながら座らせていただくんですけど、基本は常連さんの邪魔をせずに静かに聴くことにしています。

柳樂さんや私の世代の、レコードとかジャズ、あと音楽に対する共通したものなのかもしれせんけど、その世代の人たちが新しくお店を作られていることが東京に限らずありまして、個人的にはこの世代はがんばらなきゃいけないのではと思うこともあって、そういう店を、僭越ですけど応援できるといいなということをどっかでちっちゃく決めてまして、邪魔にならないということに加えて、SNSにあげるときにはネガティブなことは書かないと決めています。

しょせん自分なんかは、たった1日のある時間にいただけなので、その店のことなんて判断できないし、できるわけがないので、その店の近くにいる人に「あ、ここにそんなお店があるんだ」ということを知ってもらい、一人でも足を向けることがいいんじゃないかなと思っています。

ジャズが好きであってもジャズ喫茶の存在を知らず、行ってみて驚いてジャズをより好きになるとか、自分もそうだったように、ジャズ好きでもなくて、ジャズに詳しくなくても、ジャズは素晴らしい音楽だということに出会うことができる、そういう場所があるんだということを知る、そんな人が一人でも増えるといいかなという思いで、SNSにちょこちょことあげています。

自分が知らないもの(音源)に出会えるところがやっぱりジャズ喫茶のいいところだなと思います。どこかのマスターに「客が帰ろうとすると、それを引き止めるようなものをかけて、もう一杯どうぞみたいなこと仕掛けることもある」という話をうかがったことがありますが、自分もまさにそういう展開にひっかかってしまったことが何度かあります。

たとえば(東京の)白山の「映画館」で、フリーめのものがかかっていてもういいかなと思って席を立とうとしたときに、コルトレーンとエリントンのインパルス盤がかかってきたときに、「ちょっと待て」と出しかけていたお財布を元に戻したりとかですね(笑)、そういう面白いことが、素人ながらありまして。

ジャズ喫茶が素晴らしいところは、自分でその店のような音を出そうと思ったら、ものすごいお金がかかるわけですよね。それをたったコーヒー1杯のお金だけで聴かせてもらえる。しかもそれにいろいろなスタイルがあって、出会ったことのない音楽を聴かせてもらえる。さらにそれが日本全国にあることが素晴らしいと思っています。

山口県周南市の「ニコル・ハウス」という店に行ったときのことですが、電車が2〜3時間に1本ぐらいしかない時間帯もあるようなところなんですけど、駅に降り立って、さて遠いからタクシーでも呼んで行こうかと思ったら、タクシーどころか人もあまり歩いてないんですよね。

田んぼを抜けて山を越えて山陽自動車道の下をくぐっていったら、川沿いに猫だらけの、ログハウスのような建物がありまして、農家の人みたいな格好をしたおじさんが実はマスターで、すごく面白い話をたくさん聴かせてもらいました。「どっから来たの?」と訊かれて、「高水駅からです」というと、「どうやって来たの?」と。「歩いてきました」って言ったら、「なんだキミ、2人目だよ」と(場内笑)。

また、富士登山のような終わりのない登り坂を歩いていて、途中で雨に降られたりということもあったんですけど、そうした困難以上のうれしい出会いというのがあるんですね。今日、ここには、30代までに300軒 行くぞと言ってほんとに行っちゃった人とか、20代の女性でおじさんに負けないでがんがん巡ってる人とか、何人か来ていますけど、ジャズ喫茶巡礼者には、そういうバカなことをやっちゃってる人が多いんです(場内笑)。

最初に配られた「日本列島ジャズ喫茶&ジャズバーリスト」、これ6年前に欲しかったですね。私は知らない土地に行くとジャズ喫茶をネットで検索してリストを作っているんですけど、なかなか全国全県を回るというわけにはいかなくて。

ジャズ喫茶のような、ジャズに詳しいわけではまったくなくても、その音楽の意図というものが聴けばわかる、聴けばそこにストンと落とすものを聴かせてくれる場所があるのはすごく幸せなことだと思います。どうやら他の国にはないようですし、チェーン店でもないのに同じような業態の店が日本中、津々浦々にあるのはほんと独特な、素晴らしい文化だと思うので、ひとりでもジャズ喫茶に行く人が増えてくれればいいと思って、私はSNSをチマチマとやってます。

今日持ってきた音源は、吉祥寺にあった「フォックスホール」という店のマスターからいただいたものです。そのころ、仕事の取引先が吉祥寺にあったので帰りがけによくうかがっていました。そのマスターは、モダンジャズだけじゃなくて、いまの音ととかもフラットに聴いていて、こんなのあるんだよと教えてくれる方で、お客さんにほんとに音楽を好きになってもらいたいという、熱い思いのある方でした。アルテックのある、地下の少し広めのお店だったので響き方もとても好きだったんですが、なかなかいろいろ厳しい事情もあってお店をたたまれました。

東京・吉祥寺「フォックスホール/the foxhole」(下の写真も)2015年閉店

自分がジャズ喫茶を巡っているひとつの理由は、こうしている間にもいろいろな事情でなくなってしまうお店がありますので、1軒でも多く店があるうちに行こうと思っているからなんですが、そのなかでも自分の大好きだった店がなくなってしまって、たいへん残念でした。

このレコードはそんなすごく特別な方からいただいたものです。マーヴィン・ピーターソンの『ハンニバル』、A面の2曲目<レヴィション>です。

ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン/ハンニバル/MPS/1975年リリース

司会 〝ハンニバル〟こと、マービン・ピーターソンでした。なんだか70年代のジャズ喫茶という感じになりましたね。

柳樂 「プー横丁」でもよくかかってましたね。

司会 中央線っぽいというか。

柳樂 ジャズ喫茶の定番というか、DJからも人気があったし。今日はMPSの盤がよくかかりますけど、ジャズ喫茶って、MPSがよくかかっていたイメージがありますね。僕はこのレーベルはジャズ喫茶から教えてもらいました。

司会 「フオックスホール」のマスターの青木さんは、以前は「新宿はいから亭」というジャズ喫茶をやっていて、オリジナル・メンバーのパット・メセニー・グループのライブをその店でやったりというすごい経歴の方ですね。「はいから亭」を閉めて、名古屋で「フォックスホール」を始めて、そこから東京に移転してきたんですよね。

柳川 最後に、ひとつだけ。自分みたいにジャズ好きかどうかはわからないけど音楽は好きだという方もたぶんいらっしゃると思うんですけど、ぜひお近くのジャズ喫茶に行っていただいて、まずは3枚、我慢して聴いていただければと思います。ほんとに面白い店はまだまだ全国にいっぱいありますので、ぜひ。ありがとうございました。

なんか、これからのジャズ喫茶はすごいな

司会 さて、第1部の最後になりますが、前回も登場していただいた〝ミスタージャズ喫茶愛〟こと、「喫茶茶会記」の福地さんにお願いします。

福地 ご紹介、おそれいります。ウチはいまはぜんぜんジャズ喫茶っぽくなくて、申し訳ありません。そもそも前衛的なものが好きで、それで「いーぐる」にも昔はけっこう通っていて、さっきのパーカーにしても、前衛的なニュアンス……不気味な感じとか、怖い店主がいるとか、そういうなんか、非日常に誘うような空間が好きで、自分も店をずっとやってます。ただウチは、あんまりジャズ喫茶だけだとお客さんが来ないんで、イベントもやってます。

ほんとはジャズ喫茶というのを悲観的に見ていて、ジャズ喫茶って大丈夫なのかなという悲壮感のなかで、ウチも新しいことをやってたりしています。

ジャズ喫茶の最大派閥は、中平穂積さんの系統…DIG系統でして、「ジニアス」の鈴木さん、銀座の「ジャズカントリー」の野々宮さん、函館の「バップ」の松浦さん、それから「いーぐる」もそうですよね。DIGが本流で、ジャズのメインストリームをきちっと伝えよう、ジャズをストレートアヘッドに伝えようという勢力があります。

福地史人/喫茶茶会記店主/〝ミスタージャズ喫茶愛〟の異名を持つほどのジャズ喫茶ファン。渋谷・道玄坂の「音楽館」の後を継いだ「@groove」ではウェブマスターを担当。2007年、「喫茶茶会記」開店。前回「ジャズ喫茶シンポジウム」ではパネリスト、今回はゲストコメンテータとして発言。/喫茶茶会記:東京都新宿区大京町2-4サウンドビル1F TEL 03-3351-7904

そのいっぽうで「ロンパーチッチ」の齊藤さんのような新しい感覚のジャズ喫茶や、楠瀬さん、柳川さんといったポケモンGO的にジャズ喫茶をかきまわす勢力が出てきて、なんかこれからのジャズ喫茶というのはすごいなと。

僕は今日はこんなにお客さんがいるのがすごい不思議なんですけど、そのうち柳樂くんがね、「ジャズ・ザ・ニューチャプター」という店を出せば(笑)、これからのジャズ喫茶というのは、なんかすごく面白い感じになるかなと思ってまして、いろいろな未来を感じるような雰囲気があります。

ほかにも話したいことは山ほどあるんですけど、今日はせっかくみなさん、すごい人ばっかりが来ているので、僕がジャズ喫茶に携わってて、人生の一番最後に、臨終のさいにかけたいなという曲を今日は持ってきたんですよ。それはフレディ・レッドの「アンダー・パリ・スカイズ」の<ディス・ハート・イズ・マイン>という曲。それを聴いて第1部の終了とさせていただきたいと思います。

フレディ・レッド/アンダー・パリ・スカイズ/Futura /1971年リリース

司会 これで第1部終わりにさせていただきます。これまでかかった曲、みんなジャズ喫茶映えするといいますか、いい曲ばかりで楽しかったですね。では10分間の休憩をいただきます。

——休憩——

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ジャズが明らかに活況化している時代の波に乗れるのか

司会 第2部は「いまのジャズ喫茶」「これからのジャズ喫茶」、そういうテーマで第1部とは違ってトークセッションを各パネリストにお願いしたいと思います。それでまず、最初は後藤さんから話の振り出しをお願いしたいと思います。

後藤さんは、さきほど最初にお話しましたように1967年から50年間、ジャズ喫茶を経営されておられるわけですが、その間、モダンジャズ全盛期が終わりかけた頃から、フュージョンブーム、その後のジャズ界が反動的だった時期など、お客さんのニーズもころころと時代によって変わるという経験をされてきました。

なかには、吉祥寺「ファンキー」の野口オーナーが率いる麦グループに代表されるように、多角化経営をやって乗り越えてきた会社もあるんですが、ジャズ喫茶一筋で、都心の一等地でコーヒーを中心に昼間から営業をして50年間やってこられたというのはすごいことだと思うんです。その後藤さんからみて、いまのジャズ喫茶の置かれている状況はどうなのか、といったことをおうかがいしたいと思います。

後藤 僕はいまはジャズ喫茶にとってチャンスだと思いますね。というのは、いま柳樂さんがおいでになりますけど、(彼が監修する)『JTNC4』が最近出て、昨日届いたばかりなので、まだすべては読んでないんですけど、非常に面白い。いまジャズシーンが活性化していることが誌面からひしひしと伝わってきますね。

柳樂光隆(監修)/Jazz The New Chapter 4 /シンコーミュージック・エンタテイメント/2017年3月に発行された同ムックシリーズの最新版

そもそもこうしたジャズのムックが4冊も出ること自体が、明らかにジャズブームですね。それから私事ですけど、僕は3年前から小学館の隔週刊CD付きマガジンをやってますけど、毎年26巻ずつ出していて、(現在刊行中の『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』は)好評につき半年延長になっちゃったんだけど、(この 3年間の)累積で200万部を超えるほど出ちゃってるんですね。

後藤雅洋(監修)/JAZZ VOVAL COLLECTION 第26巻現代のジャズ・ヴォーカル(4月18日発売)/小学館

司会 すごいですね!

後藤 正直いってとんでもない数字で、これはそれまでのジャズ本の常識を超えているんですね。これは小学館の企画がすごくよかった。もともとジャズの潜在的需要というのは、ものすごくあるんですよ。ただ、これまではその需要と供給がうまくマッチしていなかった。

それから、「ブルーノート東京」にしろ、「コットンクラブ」や「ビルボード東京」にしろ、いまライブに行くと、いままでのジャズファンとは違う、若いファンがいっぱいきていて、ものすごく熱心なんですね。

あきらかにジャズは活況期に入ってます。僕は1967年から何回もずっと(いろんな波を)経験してきたからわかります。バブリーな時代もありましたけど、そういう時代に匹敵するような活況期に今はきていると思います。

僕は「いーぐる」でずっと新譜を聴いていますけど、ここ数年、いままでのジャズとはぜんぜん違う、新しいテイストのものが出てきていて、それをジャズと呼んでいいのかわからないけれども、やっぱりジャズマンじゃなきゃ演奏できないような、そういう新譜がいっぱいありますし、実際にライブで観ると、昔のジャズと比較するのがナンセンスなほど斬新な演奏がいっぱいあって、非常に魅力的なんですね。

ただ、そういうジャズのブームのようなものに、ジャズ喫茶がうまく乗れてるかというと、ちょっと微妙なところがあって、私の店も含めて、まだそれがうまくいってるとは言えないかもしれませんね。

率直に言って、こういうことをいうと怒られるかもしれないけど、ジャズファンってけっこう保守的で、やっぱり50年代、60年代のハードバップが好きで、私も好きですけど、そういうものに対する需要が非常に高いので、それを急に切っちゃうわけにもいかないし、やっぱり新しいジャズというのは聴き慣れないと抵抗があるし、聴きどころをつかむまでは、「うるさい」とか「フュージョンだ」とか「ジャズじゃない」といった声が高いので、非常にむずかしいわけですよね。

いかに従来からの頑迷固陋というか保守的なジャズファンといまの新しいニューウエイブというのかな、シーンを結びつけていくか。そのへんのことを、僕は自分ではできないんで、柳樂さんにずいぶん前に、ぜひやってくれということをお願いしたんです。

いま出ている『JTCN4』では、柳樂さんは、今と過去のジャズの接点について、非常に説得力のある記事を書かれています。たとえばピアノについてなんですけど、過去のアート・テイタムやレニー・トリスターノといった巨人たちとロバート・グラスパーやブラッド・メルドー、フレッド・ハーシュという人たちの実は深い繋がりを実証的に説明しているんですね。

僕は、それを読んで、まったくそのとおりだと思いました。僕が望んでいたのはこういう現代の注目されているミュージシャンと過去のミュージシャンとをどう繋げるかという視点だったんですけど、それを見事に柳樂さんにやっていただいた。これはほんとうに嬉しいことです。

僕がすごいと思うのは、たんなる憶測ではなくて、実際にロバート・グラスパーにたいして柳樂さんはインタビューをなさっていて、ちゃんとそこでもって本人がトリスターノやアート・テイタムの影響について語っているわけですね。だからこれはウラが取れているわけです、完全に。非常にすぐれたジャズ記事だと思います。

これはひとつの例なんですけど、いまジャズが活況期にあって、そのジャズがいまは明らかにこれまでとは違うディメンションに入っている。しかし動きをですね、「ジャッキー・マクリーン、いいよね」という人たちとどう繋げるか、ということがこれからのジャズ喫茶の課題ではないかと思っております。

司会 「いーぐる」ではいま新譜をかける割合というのはどんな感じでしょうか。時間帯によって分けているとかですか?

後藤 ウチは選曲は100パーセント、プログラムされているんですよね。ウチは有線の番組を制作しいてるんですけど、その番組用に作ったプログラムが全部で700パターンぐらいありまして、それを店では繰り返し流しているんです。同じ選曲になるのは4カ月に1回ぐらいしかないんですけど。

それで、いままではせいぜい70年代、80年代ぐらいまでが中心だったんですけど、有線の番組担当者と去年の4月ごろに交渉して、月に4本作っている2時間番組のうちの1本を新譜……新譜といっても2000年以降という括りで、選曲させてもらえるようになりました。ですからいま全体では1割ぐらい新譜がかかっています。

司会 お客さんの反応はどうですか?

後藤 いやあ、ちょっと難しいですよね、様子を見ながらかけてるという感じ。やっぱり新しいのをかけると帰っちゃう人もいますよね。難しいところですよね。

司会 柳樂さんはどうですか、ジャズ喫茶といまのジャズの接点ということについては。

柳樂 僕がいまいちばん行くジャズ喫茶は「ロンパーチッチ」なんですけど、基本的に休憩をしにいくか、仕事の資料を読むためにとか、ちょっとコーヒーを飲みに行くとか、そういう感じでフラっと行くんですよ。音楽を聴きに行くという感じじゃなくて。ただ、そこで1曲ぐらい発見があるといいなというぐらいの気持ちで行くんです。 で、それに応えてくれるのが「ロンパーチッチ」で、だから行くという感じなので。

僕はじつはジャズ喫茶には新しいものはあまり求めてなくて、むしろ、そもそも(SpotifyやApple Musicが配信している)サブスクリプションで家でなんでも聴けちゃうじゃないですか。新しいものこそ(家に)あるじゃないですか。でもたとえば、ちょっとモンティ・アレキサンダーのライブ盤でも聴くかなあというのは、自分の家で聴く可能性は少ないでしょう、自分の選択として。ジャズ喫茶にたいしては、そういうものを偶然かけてくれる場所としてわりと望んでいて、ジャズ喫茶に行くのは、発見があるんですよ、やっぱり。

たとえば最近だと、『JTNC4』を作るときにフレッド・ハーシュのことをすごい調べてて、そのときに彼がチェット・ベイカーが好きだって話をよくしていて、80年代のチェット・ベイカーのアルバムをよく聴いたと。それで、「ロンパーチッチ」で仕事をしていたら、チェット・ベイカーがかかっていて、ダグ・レイニーとニールス・ペデルセンのトリオで、それを聴いたときに、ベイカーのフレーズとダグ・レイニーのギターないしペデルセンのベースを、フレッド・ハーシュの左手と右手に振り分けて、あともう1個 、たとえばギタリストかベーシストがいるデュオだと思って聴けば、フレッドが言っていた意味がわかるかなとか。

僕はわりとそういう古いものと出会うためにジャズ喫茶に行ってるみたいなところがあるので、じつはジャズ喫茶は古いものをかけてほしい派なのかもしれません。

司会 「ロンパーチッチ」でかかっているのは、古いものでもいわゆる名盤とか隠れ名盤的なものともちょっと違うんじゃないですか? サブスクリプションで聴けるものからはちょっとこぼれているようなものというか。

柳樂 そうですね。あの、僕が「いーぐる」に来るのは、なんとなくね、選曲というよりは、後藤さんのパーソナリティを求めてきている感じだと思うんですよ。「ロンパーチッチ」もまさにそうで、齊藤さん夫妻がなんとなく買った盤がかかってるわけじゃないですか。べつに店で向いてそうなものをわざわざ買っているわけじゃないでしょう、たぶん。そんな器用なことのできる人間じゃないじゃないですか(笑)。だから、ぜったいに、「安かった」とか「持ってる盤の底が抜けてたけど抜けてないのを売ってた」とか、しょうもない理由だと思うんでよ(笑)。でも、僕はたぶん齊藤さんの選曲を信頼しているので、やっぱその人が選ぶものだから、そのなかに何かたまたま発見があるはずだという、そういう感じで僕は「ロンパーチッチ」に行ってるんですよね。

司会 「ロンパーチッチ」でかかるものって、いわゆるB級盤とかマイナー盤ではないんですよね。独特のこぼれ具合というか、微妙な線のものをかけてくる。そのあたり、渋谷の「JBS」の影響もあるのかもしれませんけど。ちょっと齊藤さんにお店の選盤についてお話をいただければと思うんですが。

齊藤 まず、私たちのお店はものすごくレコードを買います。たぶん月に30枚、1日1枚ぐらいのペースで買います。お店をやっていくうえで新譜も含めて、まともな値段のものを買っていたらお店を維持できませんので、かなりしょうもない、こぼれた値段のものを買い、あるいはディスクユニオンさんがメールで送ってくる「今日は半額です」とか、そういったものを見て飛んでって買うという、かなりあさましい、ハイエナ的な買い方をしています。

そして買ってきたら、これ、こんな話していいのかな、買ってきたものはとりあえず目をつぶって店でかけちゃいます。それで、ダメだったらもう次はない。だから30枚毎月入ってきては、20枚ぐらい毎月出ていきます。そんな感じで自転車操業をしていて、だから、とりあえずこの店にきてみると、なんか前回とは違う、ルーティンとは違うものがかかっています。

毎週、毎日のようにいらっしゃるお客さまの場合だと、とりあえず新しいものをどんどんかけます。えー、そういう日にたまたまいらしたほかのお客さまは、その(常連の)お客さまが横にいらっしゃるばかりに、玉石混淆のものをひたすら聴かされるはめになるんですけど(場内笑)、たまたまいつも来ているお客さまがいないなというときには、過去2、3カ月間のなかで残ったタマをがんばってかけます。

お客さまによっては、あ、ちょっといいものがかかってるじゃない、知らないものがかかってる、面白いね、オレもこんどこれ買おうというふうに思っていただけるといいかなあというところですね。そんなわけでメチャメチャたくさん買っているので、違うものがかかっているのは当然なんですけど、こういう回し方をほかの店におすすめできるかというと、アホらしいのであまりおすすめできません(笑)。

司会 そのふるいの基準というのはなんですか?

齊藤 レコードを買った店には申し訳ないんですけど、とにかく試聴させてもらいます。聴いて3秒ぐらいで決めます。ウチの店じゃないという感じになるものは、2、3秒で「これは買っちゃだめだな」と判断できます。そのときだけかもしれません、私が音楽的な意味で働いているのは。あとはいわゆる喫茶店の肉体労働者なので。

司会 キュレーターみたいなものですよね。

齊藤 そんなかっこいいことなのかどうかはわかりません。

柳樂 ただね、レコード屋にそれだけの頻度で通っているということは、ようは毎日レコード屋にいるということでしょう?

齊藤 恥ずかしながら毎日います。

柳樂 それって、すごい情報量を得ているわけですよ。僕は10年ぐらいレコード屋で働いてたので、すごいよくわかるんですけど、あの、自分のことをこういうのもなんですけど、僕と同世代で、僕より詳しい人ってほとんどいないって思うんですよ、評論家で。たぶんそれは僕がレコード屋にいたので、(音を)浴びてる枚数と情報量が違うと思うんです。

仕事中も休憩中も新譜のプレスリリースを読んだりするわけですよ。お客さんがレジに持ってくるときも見るわけで、店頭でもかかってるし、試聴でもかけるし。だからレコード屋にいるということは、すごい情報量を浴びるんですよ。レコード屋に毎日いるということは、何がこぼれているかがわかるということですし、いま何が安いのか、高いのかが判断がつくということですよね。

齊藤 「ほかだと6,800円がここだと2,000円だ」ということであれば、それを判断する目はありますが、「ここだと3万円、ほかだと1万2,000円」ということになると、もう私の目からは値段が高すぎるのでわかりません(笑)。

柳樂 レコード屋の値段って、基本的にトレンドと需要なので、値段のことがわかっているというのは、過去の古いジャズの、いまの時代の店舗における価値みたいなものがすごく自分のなかに入っているということなんですよ。アーカイブされているということ。そういう人って、新譜を聴いているかどうかとはまた別の意味で、すごくいまの時代をとらえてるはずなんです。だからたぶん僕は「ロンパーチッチ」に行くんだと思う。

齊藤 本人はそれが評価に値するかどうかは、わからないです。

司会 「ロンパーチッチ」は、店の造りそのものは誰でも作れそうなんですよね(笑)。カタチだけならそれほど特別なものがあるわけではないでしょう。ただ、あの店をそのまま真似ることは、絶対誰にもできないんですよね

柳樂 うん。

司会 誰にも真似ができないというのは、齊藤さんのアニマル的な感性というか(笑)、ある種の審美眼というものが大きいのかなと思います。

柳樂 だからレコードにおけるトレンドを誰よりもわかっている1人なんじゃないですか。

司会 トレンドをわかっているということでいえば、さきほど柳樂さんが、「僕は同じ世代の評論家の誰よりも詳しいかも」って言ってましたけど、それは本当だと思いますよ。以前、柳樂さんがディスクユニオンに勤めていたとき、ツィッターで「渋谷グルーヴ館」のアカウントを担当していましたよね。あの頃、柳樂さんは毎朝新譜情報を5枚とか10枚とか、140字で紹介していたんですけど、その情報量がものすごいんですよ。1枚のアルバム紹介のために、そのミュージシャンが誰から影響を受けて誰に近い音楽をやろうとしているのかといったことなど、ものすごい情報量をぶちこんでいました。ほとんど誰もRTしないし、「いいね」がつかなかったですけど(笑)。ツィッターであのころの柳樂さん以上のことができているレコード屋の新譜情報はいまだに見たことがないですね。

柳樂 レコード屋にはいまだに情報量があって、たぶん僕はレコード屋を離れてからは、力は落ちていると思います。そのぐらいレコード屋というのは面白い場所で、魅力があるんじゃないかと思いますけど。

司会 新しいことへの情報収集に関しては、後藤さんはどんな感じでしょうか?

後藤 僕なんかはジジイですから、最初はものすごく抵抗があったんですけど、そういうことじゃいかんと思って、柳樂さんとか、いま「いーぐる」のスタッフで『JTNC』にも原稿を書いてる本間翔悟くんとか、そういう人たちから積極的に情報を仕入れて、なるべくライブにも行くようにして、一生懸命勉強したりはしているんですけど。

僕もプロなんで、50年間ずっと新譜を聴いてますよ。でもある時期、90年代半ば頃から2000年代半ばごろまで、ほんとつまんない新譜ばっかり出てきたんです。こっちも商売だから買うんだけど、ほとんどが役に立たないというのかなあ、なんだこりゃというもので、非常にがっかりしてたんですけど、ここ数年。

柳樂 店でかけるうえで役に立たないということですか?

後藤 いや、音楽的に面白くもなんともない。僕らの世代は、これはよくないことなんだけど、昔聴いてた蓄積があるので、どうしてもそれと比較してしまう。「こんなものは聴いたことがある」とか「おんなじようなテイストだったらあきらかに昔のほうがクオリティが高い」というものが多かったんですね。技術的には90年代以降巧いミュージシャンが増えたんですが、いまひとつオリジナリティが感じられなかったんです。それがここ数年、技術がすぐれているのはあたりまえ。かつ過去のジャズの文脈を踏まえたうえでオリジナリティを備えた斬新なミュージシャン、グループが増えたんですね。

職業的な役割だけじゃなくて、けっこう本気でこれは新しいミュージシャンとか新譜を聴いてみようと思うようになりました。実際にライブに行ってみると面白いですしね。ほんとうにいいライブがいっぱいあります。

僕はジャズ喫茶をやってるから、こういうことを言うと自分の首を絞めることになるかもしれないけど、やっぱりライブに行かないと話にならないと思うんですよね。ジャズのほんとうのグルーヴのようなもの、具体的にいうと、ホーン奏者の演奏などはCDでも割合伝わるけど、ベーシストとドラマーのグルーヴ感というのは現場で見ないとよくわからないんですよね。それはもう、ライブに行けば一発でわかっちゃうんで。そういう意味ではジャズ喫茶もいいんですけど、ライブにも行かないとね。

店で営業的にどう展開していくのかということにかんしては、手探り状態なんですけど、現実の新しいジャズに対しては、ライブにせよ新譜にせよ、僕は手探りでもなんでもなくて、非常に積極的に面白いと思って聴いています。

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店主のキャラクターで客とジャズを繋いでいく

司会 「いーぐる」は、ずっとジャズシーンの先端というか、先鋭的な部分を担っていらっしゃると思うんですが、「DUG」の場合は、それとはまた別のジャズファン層、おそらく、後藤さんが監修されている小学館のCD付マガジンを買っている層と「DUG」のお客さんは近いのではないかと思うんですね。そのへんで、最近、お客さんにかんして変化はみられますか?

中平 まずレコードなんですけど、さっきも申し上げましたように、ウチはいまはCDだけになってしまったんですが、ディアゴスティーニが『隔週刊ジャズLPレコードコレクション 』というアナログレコード付きマガジンのジャズの特集をいまやっていて、第1号がマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」でしたよね。それを買ってきてウチの店でうれしそうに眺めているお客さんがいるんですよね。

あのシリーズは私の父も写真を提供している関係で毎号送ってもらってるんですけど、これを集めだしたら、それがきっかけで、それまでレコード屋さんに行ったことがなかった人が行ってみようかということって、けっこうあるんじゃないかと思うんですね。

ジャズLPレコード・コレクション創刊号(カインド・オブ・ブルー マイルス・デイヴィス)[分冊百科](LPレコード付き)/2016年9月刊/ディアゴスティーニ・ジャパン

柳樂 僕は国分寺にあるレコード屋にいたんですけど、「買い取りします」みたいな看板を出してると、それを中学生とか高校生の娘が見て、家の押し入れとかにレコードがあるから、それを売ったら金になるんじゃないかとか思って(場内笑)、お父さんとかお母さんに「あれ売ってなんか食おうぜ」みたいな、そういう感じで店に持ってくるんですね。

娘さんは金に変わると期待して、けっこうワクワクして来てるんだけど、親御さんは、「こんなもの金になるわけない、そもそもレコード屋なんかまだあるんだ」みたいな、そういう感じなんです。だから若い人よりも、昔はレコード聴いていたんだけど、カセットになって、CDになって、だんだんレコードがなくなっていって、その間にDJカルチャーはあったんだけどそういうものにも触れてないという世代の方が、もう一度、セカンド・ヴァージン的な感じでレコードに対して新鮮な気持ちになれるんじゃないですか。

中平 後藤さんがさっきおっしゃったように、やっぱりジャズを最近聴く人が多い、盛り返してきていると私も感じます。時代は繰り返すということでしょうか?

後藤 そうだと思いますよ。それもあるけれども、やっぱりあきらかにジャズシーンが活性化しているというかね、そして、「ジャズ」という音楽の概念自体が変革してますよね。いま変化している最中だから、それを具体的な言葉で説明するのはたいへんむずかしいし、それは柳樂さんのお仕事だと思うんだけど。

やっぱり僕が聴いてても、さっきはちょっとネガティブな言い方をしたけど、90年代半ばから2000年代半ばまでは、技術的には非常にレベルが高いけどテイストが稀薄だとか、そういうジャズが多かったんですけど、いまは非常に味も濃くて個性的、そして当然テクニックもあって、ジャズの概念自体が刷新されつつあるという、そういうところにいるような気がしますよね。だから僕はいまは、ものすごく面白い時期に来ていると思います。

司会 私などが聴いていても面白くてしょうがないんですけど、なかなかそっちにハンドルを切っていいものかどうか、という難しさが……。

後藤 いや、それは聴き手としては、それはぜんぜんOKなんじゃないかと。ただ僕らみたいに職業として(ジャズを)提供する場合には、やり方というのがあるわけですよね。それこそ北風と太陽じゃないけれども、一時期フリージャズがいいんだということで無理矢理フリージャズを聴かせて、「さあどうだ」っていって、お客さんがいなくなってつぶれた店というのが山のようにあったんですけど、あれだってうまく聴かせれば、フリージャズもけっしてつまんないものじゃないですから、お客さんもついてきたと思うんですよね。やっぱりやりかただと思うんですよ。

司会 かつて、前衛的なものを「ニュージャズ」という言葉で売ろうとした時代があったそうですね。

後藤 まあ、率直にいってね、60年代の「ニュージャズ」ってのは、ほんとに玉石混淆で、ほんとにクズみたいなものが多いんですよ(笑)。だいたい10枚のうち8枚ぐらいはろくでもないもので、ただやっぱりそのなかに1枚とか2枚は宝がある。それをいかにセレクトするか。僕はね、それははっきりいってジャズ喫茶の使命だと思いますよ。

どんなミュージシャンでもね、クソみたいなアルバムはあるわけで、それを最初に聴かせられちゃうと、なんだこいつと思われてもしょうがないわけで。そのミュージシャンの最良の切り口を、いかに提供するかとういうことが僕はジャズ喫茶のオヤジに課せられた使命だと。

司会 話が変わりますが、柳樂さんとしては、「こういうジャズ喫茶があるといいな」というのはありますか?

柳樂 いや、ぼくは「ロンパーチッチ」が残ってくれれば。もうちょっと家から近かったらいいなと思います(笑)。ぼくの世代の実感でいうと、僕が大学生ぐらいのときにカフェ・ブームというのがあって、そのころはどこのカフェにいっても音楽にすごい凝ってたんですよ。で、それに紐づいてボサノヴァがはやったり、映画のサントラやA&M系のポップスがはやったり。軽音楽的なものがBGMとしてすごく有効に機能していた時期があったんですね。

でも、ある時期からカフェから音楽が消えたっていうか、わりとどこにいってもおんなじようなもの、たぶん「カフェ・ミュージック」みたいなイメージが完全に固定化して、どの店も似たようなものをかけるようになってしまったんですね。

最近はすごく音楽の好きな人がいい音楽を聴きながらコーヒーを飲むという場所が、意外と少なくなってしまったので、そういう場所としてジャズ喫茶的なものが残ってくれるとすごくいいなと思っていて、たとえば西荻窪の「JUHA(ユハ)」は、ジャズ喫茶なんだけど、(ジャズ以外の)なんらかの同じテイストのアコースティックな音楽もかかってたりもしますよね。

司会 「JUHA」はそれを「ロマンス・ミュージック」と。

東京・西荻窪「Juha(ユハ)」

柳樂 ああいう、店主のパーソナリティみたいなものがいいバランスで出ているお店が増えたら面白いなと思います。だって、「いーぐる」も、音響も素晴らしいし、選曲も素晴らしいけど、はっきりいって、後藤さんのキャラクターでしょう? 後藤さんとか(吉祥寺『メグ』の)寺島さんって、キャラで売ってるようなもんでしょう?(場内笑)

後藤 あんまりそういう自覚はないんですけどね(笑)。昔はね、寺島さんと僕は「プロレスチーム」って言われながら、〝やらせ〟で勝負させていただいてましたけど(場内笑)。やっぱり自分のことはあんまりわかんないですね。まあ、あなたがそういうのならそうかもしれないですな(笑)。

柳樂 いや、あの、こういうめんどくさいキャラクターが増えても困るけど(笑)、「ロンパーチッチ」の齊藤さんのような、面白いキャラクターが増えたらいいなと思うのと、あとは僕がジャズ喫茶や音楽をかけている店に求めてるというか、こういうのをやってくれてていいなと思うのは、(福地店主の)「茶会記」でたまにイベントやってたりするじゃないですか。昔のレコードコンサート的な、レクチャー的なもの。「いーぐる」でもやってますけど。

ジャズ喫茶のオーディオを使って聴くと、また違う感覚で聴けたりするので、たとえば「いーぐる」でやってるような、ジャズ喫茶のオーディオ環境でヒップホップを聴くとか、そういうのはたぶん若いリスナーにはすごく刺激のあるイベントだし、オーディオ的な意味でジャズ喫茶を再発見できたりもするだろうし、そういうことはやってくれたら僕としてはうれしいです。

後藤 ジャズ喫茶の役割というのは、そこでいろんな音楽に出会うということだと思うんですね。自宅でしかジャズを聴かないという人は、あたりまえなんだけど、自分の好きなものしか聴かないでしょう。好みでないものをわざわざ高いお金を出して買うような人はいませんから。それはぜんぜんかまわないんだけど、ジャズ喫茶に行くと、いやがおうでも知らないものがかかるわけで、これが僕はジャズ喫茶の役割だと思うんですね。

もしかしたらお客さんから反感買うかもしれないけど、僕は「ただのジャズファン」はぜんぜん信用してないんですよ。ものすごく耳が狭いですから。だけどもレコード店の店員さん、それからジャズ喫茶のレコード係を一度でもやった人間、そういう人のジャズ観は信用しますね。幅広く聴いてますから。なんといっても嫌いなものも聴きますから。

好きなものしか聴いてない人というのは、べつにそれが悪いということではないし、友だちとして付き合って面白く話していれば楽しいけど、そういう人の言ってるジャズ観というのはあんまり信用できないですよね。

信用できないとか言っちゃったら、怒られちゃうかもしれないけど、ファンとしてはぜんぜんそれでいいんだけど、プロとして仕事していくうえではファン意識は何の役にも立たないです。はっきりいって。

そういう意味でいうと、さっきの話につながるんだけど、むかしジャズ喫茶だけをやってたころはジャズの雑誌とかぜんぜん読まなかったですからね。あんなもんの評点、まったく信用していなかったですから。

それは、僕なんか業界の内部にいるから、書いてるヤツの能力、センスをすべて知ってるわけですよ。こんなヤツの言ってることが信用できるかってのがあるわけで、じゃあ誰のいうことが信用できるかっていうと、レコード屋さんなんですよね。ちゃんとお金もらって売ってるわけですから、やっぱりレコード屋さんの視点というのがいちばんシビアです。僕は自分でもジャズ評論みたいなことやってて、自分で首を絞めるようなところもあるんだけど、あんまり書いたものばっかり読んでてもダメみたいな。

それからちょっと話がそれるんだけど、さっきの「ロンパーチッチ」さんの話を聞いてて、あれは非常に正しい姿でね、僕らもジャズ喫茶を始めたばかりのころは、毎月新譜を20枚とか買うわけですけど、そのなかで残るものは半分以下でしたね。

それを「ロンパーチッチ」さんがやられているのは、非常にえらいと思います。最近の僕はそのへんがずるくなって、自分の周りにね、耳のいいヤツを集めるんですよ。そいつらになんか面白いのないの? っていってCDを持ってこさせて、そのなかからピックアップして買い上げるという、非常にずるいことをやっているんですけど(笑)。やっぱりね、そのほうが効率がいいんですよね。

司会 齊藤さんの場合は、レコード屋の店員に近い感覚になっているということですよね。

柳樂 そうですよね。レコード屋の店員は毎日店に行かないですよね。休みの日は行かないですから。ほんとに熱心なお客さんはレコード屋の店員よりもレコード屋にいると思うので。

後藤 やっぱりね、レコード店の人というのは信用できますよね。でも「信用できる」ということは微妙で、自分と趣味の合わない人もいますからね、そういうヤツもまたダメなんだけど。そこがむずかしいんだけど。

やっぱり、みなさんに言いたいのはね、とにかくジャズの友だちを持つことですよね。独りで籠って聴いてる人って、ほんとに視野が狭くてね、おいしいものをいっぱい逃してますよね。だからできれば、「なんだこんなの」というようなものもちょっと聴いてみるとものすごく視野が開くんですね。

つい最近の経験なんだけど、僕はね、もちろんジャズ以外のものもずいぶん聴くんだけど、基本的に黒いものが好きなんですよね。昔リズム&ブルースとか大好きだったんで。それで、いわゆる「白ロック」みたいなものがほんとに嫌いだったんだけど、そこにいる村井康司さんに無理矢理誘われて、わざわざ高いお金払って香港までジェームス・テイラー聴きに行ったんです。「えーっ、いやだな」と思いながらも、友だちの誘いなので、まあジェームス・テイラーがつまんなくても中華料理食えりゃいいかと思って行ったんですけどね、すごくよかったですね。

僕は「ディスク・チャート」というロック喫茶もやってましたから、ジェームス・テイラーの『ワン・マン・ドッグ』とかも新譜で聴いてるんですけど、なんかタルい音楽だなあと思っててね、「リズム&ブルースのほうが100倍いいのに」とか思ってて、店ではかかってたんですけど、すごい抵抗があったんです。

それが40年ぶりぐらいに実際にナマで観たらね、すっげえいいじゃんって変わったんですよね。そういう意味でいうと、「オレの趣味はこれなんだ」とかいって頑なになるのって、ほんと人生もったいないですよ。僕もいま69歳でもうすぐ70歳になるんですけど、69歳で初めて「ジェームス・テイラーかっこいい」と思いましたからね。そういうことは今後もいっぱいあると思うので。

柳樂 「DUG」で働いている人は若いじゃないですか。そういう人が持ってくるものとかあるんじゃないですか?

中平 もちろんいろいろありますけど、逆に古いものを欲している部分もありますね。なんだだろう、やっぱりいままで聴いたことのないもの、いま音楽というのは、それこそジャンルも幅も、すごい広いじゃないですか。今のものはそれこそ家でもパソコンでも聴けるけど、むかしのものに戻ってきているのかなという感じはありますね。

昔のものを、ああそうか、50年前からこんな曲があったんだということに興味を持っている方は多いですね。いまは大学生とかでもジャズ研とかね、けっこう部員がいますしね。やっぱりどんどん興味を持ってもらうことがいちばん大切だと思うので、その興味をそそるためにはどうするかということを考えなきゃいけないのかなというように感じます。

後藤 いま塁さん、たいへん素敵なことをおっしゃったと思うんだけど、昔と違っていまの若い人って、50年代や60年代の名盤もいまの新譜も、聴いたことのないという意味ではぜんぶ新しい音楽で、おなんじなんですよね。そのへんのところを、われわれ、音楽を提供する側は勘違いしちゃいけないと思うんですよね。「これは古い」「これは新しい」っていうけれど、聴くほうにとってはぜんぶ新しいわけですから。

司会 「DUG」は、新宿のど真ん中という、東京のみならず日本でいちばん厳しい商圏にあると思うんですが、ツィッターなどのネットに書かれた声を拾ってみると、「DUG」に行って満足をされたお客さんが多いようなんですね。中平さんは、どういう方針、ノウハウでお店をやってらっしゃるんでしょう。

中平 たとえば、紀伊國屋さんで本を買ってきてゆっくり読みたいなというときに、ウチはちょうどいい距離なんですよ。そういうときにあまりうるさいのをかけちゃうと、せっかく本を読もうとしてもぜんぜん頭に入ってこないじゃないですか。だから音楽をかけるにしても、ウチは昼間はまったりとした感じなんですね。

あと、その店主のキャラってやっぱり大事で、それってもう、お店としての基本条件じゃないですか。ジャズ喫茶云々じゃなしに、飲食店としてはそれがないとやっぱりいけないところかなと思います。あの店主がいるからこんなCDをかけてくれるとか、なんか楽しみがないと、リピーターはついてこないのかなと思いますね、そういう意味では、私が心がけているのは「気の効かせかた」ですかね。

司会 ベタな言い方になりますけど、人との繋がりという点では、中平穂積さんはとてもそれを大事にされて店をやってこられたように感じます。

中平 ジャズ喫茶に行くということは、そこに行くという目的意識があるわけじゃないですか。ジャズに興味があるから行くわけですよね。ジャズに興味がなければジャズ喫茶じゃなくても、カフェとかどこにでもいくらでもあるわけですから。そのなかでジャズ喫茶に足を向けてもらえるわけですから、じゃあ、どうやったらこの人を喜ばせてあげられるだろうかということは常に考えてますね。

司会 それはもう、お父様を見てそのように思われたことなんですか?

中平 そうですね、やっぱり、そうなってきますね。あとは、自分が行っていいな、いい店だなと思えるようにしないと。自分が行きたい店にしないといけないと思います。

東京・新宿「DUG」

司会 中平さん、ありがとうございました。では、時間もかなり押しておりますので、最後に後藤さんから、新譜でこれはおすすめというものをかけていただけますでしょうか。

後藤 では、柳樂さんのレーベルからリリースされた、イシス・ヒラルドの新譜を。

柳樂 ジャズ喫茶っぽくないんじゃ?

後藤 ジャズ喫茶っぽくない? まあいいんじゃないかな。イシス・ヒラルドの「パドレ」。(スタッフの)本間くん、あるよね? じゃあ、準備ができるまでの間にしゃべってますけど、あの、僕が店をやってきていちばんたいへんなのはね、毎日来るお客さんがいるんですよ、これがこわいんですよね。

そういう人たちを飽きさせちゃいけないわけだから、ずっと違う選曲をしないといけないわけでしょ。ウチはね、昼間のランチタイムとか、お客の半分ぐらいは知った顔なんですよね。毎日来る人もいるし、週に2、3回来る人がほとんどなんですよ。だから、一瞬たりとも選曲に気が抜けないわけね。いかにその人たちに飽きないで来続てもらうかということを常に考えていて、そういう意味でいうと、ジャズ喫茶というのは選曲が命だと思っていますね。

だから僕はDJの方たちに対する親近感がすごく強いんですよ。もちろん音源は違うし、あの方たちは1曲ずつやって、ほかにもいろいろテクニックを使われますけど、どのようにして選び、それをどういう順番でかけてお客さんを飽きさせないということを常に考えているわけですから。

僕はあんまり商売は上手だとは思ってないんだけど、なんとか50年間もってこられたのは、とにかく選曲だけは一生懸命やってたんですよ。まあ、客に対する愛想は非常によくないんですけど(場内笑)。ひんしゅくをかったり、お客とモメたりはしょっちゅうなんですけど(笑)。本間くん、あった? じゃあ、「イシス・ヒラルド・ポエトリー・プロジェクト/パドレ」の1曲目をお願いします。

イシス・ヒラルド・ポエトリー・プロジェクト/パドレ/Jazz The New Chapter Records/2016年リリース

司会 まさかジャズ喫茶でイシス・ヒラルドが聴けるとは。素晴らしかったですね。それでは、予定の時間をもう30分ほど越えてしまっていますので、今回のシンポジウムはこれで終了とさせていただきます。長い時間、ありがとうございました。

(了)

[photo: jazz city / Text :Katsumasa Kusunose]

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