ジャズ喫茶のマッチ 北海道

ジャズ喫茶のマッチ 北海道

ジャズ喫茶マッチコレクター、松浦成宏さんが1976年に行なった北海道ジャズ喫茶巡りのさいに集めたマッチの数々。

いまは閉店となってしまった店が大半で、貴重なアイテムばかりです。

また、最後には日本最北端のジャズ喫茶のマッチも登場。

札幌「トップオブザゲイト」ジャズ喫茶案内
1976年に青森から青函連絡船に乗り函館へ行きました。彩華デパート近くにあった「トップ・オブ・ザ・ゲイト」を訪れマッチをいただきました。ビルの2階にあり、店内はかなり広かったです。マイルス・デイヴィスが流れていました。スピーカーはアルテックA7。(松浦)
東室蘭「ディーディー」ジャズ喫茶案内
1976年に東室蘭駅から近くにあった「ディー・ディー」を訪れ、マッチをいただきました。マッチには「ジャズワンダーランド ディー・ディー 山下金物店トナリ」と記載されています。店名はDee Dee Bridgewaterからとったようです。オーネット・コールマンなどフリー系のジャズが流れていたようです。スピーカーはJBL4341。(松浦)
札幌「ビート」ジャズ喫茶案内
1976年に札幌、ホクシン・センタービル2階にあったオープン間もない「ビート」を訪れ、マッチをいただきました。マッチの裏には当時最新のオーディオシステムが記載されています。スピーカーのJBL4520が置かれた店内はモダンで、好きな感じでした。フォービートのジャズが流れていました。同じビルの地下には「act::」がありました。(松浦)
札幌「ニカ」ジャズ喫茶案内
1976年に札幌、パーク・ビル地下にあった「ニカ」を訪れ、マッチをいただきました。デザイン、イラストとともに気に入っています。店名はチャーリー・パーカーなど、多くのジャズメンのパトロンとして知られたニカ男爵夫人からとったようです。4年間だけの営業だったようなので、訪れることができてよかったです。(松浦)
札幌「アクト」ジャズ喫茶案内
1976年に札幌のホクシン・センター地下にあった「アクト」を訪れマッチをいただきました。ユニークなマッチの絵柄、デザインが気に入ってます。店内はジャズ喫茶にしては明るく、椅子、テーブルが白っぽい感じでした。ニュー・ジャズなどがかかっていました。スピーカーはグッドマン。(松浦)
札幌「ジャマイカ」ジャズ喫茶案内
1970年創業の函館「バップ」。マスターの松浦善治さんは「DIG」の中平穂積オーナーやジャズ評論家故副島輝人氏との親交が篤いことでも知られています。2007年に火災事故のために、それまでの五稜郭から新川町に移転しました。トレードマークだったJBLパラゴンは狭くて置けなくンなったために開店当初使っていたJBLランサー44に。大音量のジャズ喫茶ではもうありませんが、ジャズが流れるカフェとして健在。(ジャズ研ジャズ喫茶部)
函館「バップ」ジャズ喫茶案内
1970年創業の函館「バップ」。マスターの松浦善治さんは「DIG」の中平穂積オーナーやジャズ評論家故副島輝人氏との親交が篤いことでも知られています。2007年に火災事故のために、それまでの五稜郭から新川町に移転しました。トレードマークだったJBLパラゴンは狭くて置けなくンなったために開店当初使っていたJBLランサー44に。大音量のジャズ喫茶ではもうありませんが、ジャズが流れるカフェとして健在。(ジャズ研ジャズ喫茶部)
日本最北端、稚内の「トモエ」。1960年代から喫茶店として営業を開始、70年代頃からジャズ喫茶となったようです。現在はジャズ喫茶の看板は降ろしてふつうの喫茶店として営業中。常連客に漁業関係者が多いため、始業時間が午前6時30分と早いことに驚かされます。このマッチはジャズ喫茶時代に制作したもの。独りで店を守るママさんによると「マッチをたくさん作り過ぎてしまって余って仕方ない…」とのこと。コレクターの方はぜひ稚内へ。(ジャズ研ジャズ喫茶部)

 

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