ジャズ喫茶のマッチ 関東 (10)

ジャズ喫茶のマッチ 関東 (10)

「ジャズ喫茶のマッチ」シリーズの関東編、今回は福山信一郎さんのたいへんレアなコレクション、

そして当サイト運営管理人ジャズ研ジャズ喫茶部さん所蔵のアイテムなど、計15点を一挙掲載します。

中野のジャズ喫茶「クレッセント」のマッチ©福山信一郎

中野駅南口にあった有名なジャズ喫茶「クレッセント」。アルテックA7のある、明るくモダンな店内でした。閉店になる少し前の 1973年ごろにいただいたマッチだと思います。(福山信一郎)

中野のジャズ喫茶「ビアズレー」のマッチ©福山信一郎

中野駅北口にあった「ビアズレー」。JBLパラゴンを置いてある店として有名でした。たぶん73〜 74年ごろのマッチ。(福山信一郎)

新宿のジャズバー「オールドブラインドキャット」のマッチ©福山信一郎

いまも健在の新宿3丁目、三越そばのジャズバー「オールド・ブラインド・キャット」。創業は1966年。これは70年代半ば頃のマッチだと思います。この頃からクロスオーバーやフュージョン、ソウルミュージックがよくかかる店になりました。(福山信一郎)

渋谷のジャズ喫茶「メアリージェーン」のマッチ©福山信一郎

渋谷駅南口近くのジャズ喫茶「メアリー・ジェーン」。おそらく1970年代半ばごろのマッチ。渋谷でいちばん古い現役ジャズ喫茶としていまも営業中。(福山信一郎)

新宿のジャズクラブ「鈴木屋」のマッチ©福山信一郎

新宿のジャズクラブ「鈴木屋」。ジャズ喫茶ではなくライブハウス。新宿二丁目の近くにあった「緑園街」がまだ飲み屋街として残っていた1973年ごろのマッチだと思います。1〜2年ぐらい営業して閉店になったようです。(福山信一郎)

新宿のジャズクラブ「ピットイン」のマッチ©福山信一郎

新宿の著名なジャズクラブ「ピットイン」。紀伊國屋書店ビルの近くにあった頃、70年代のマッチ。(福山信一郎)

茨城のジャズ喫茶「カオス」のマッチ©福山信一郎

茨城・土浦のジャズスポット「カオス」。1973年ごろのマッチ。当時私はバンドマンのローディー、昔ふうに言えば〝ボーヤ〟をやっていまして、当時おつきあいをしていた「芳賀隆夫&仲田明宏Duo 」のライブのときにこの店に行きました。土浦まで常磐線に乗って仲田さんのドラムを運んだことを覚えています。(福山信一郎)

平塚のジャズ喫茶「アルタード」のマッチ©福山信一郎

神奈川県・藤沢市のジャズ喫茶「アルタード」。小田急線藤沢駅南口、小田急百貨店裏の雑居ビルの地下にありました。たぶん76〜77年ごろのマッチ。(福山信一郎)

平塚のジャズ喫茶「パッパー」のマッチ©福山信一郎

平塚のジャズ喫茶「パッパー」。店名の由来は真空管KT88を使ったアンプを置いてあるからだったように記憶しています。スピーカーはJBL4345でした。友人がアルバイトをしていて自宅からも歩いていける距離だったので何度か行きました。ソニー・スティットなど、ライブの主催もときおりやっていました。何年か前までは奥様らしき人がやっていましたが、もう閉店になったようです。(福山信一郎)

伊豆下田のジャズ喫茶「チャシャーキャット」のマッチ©福山信一郎

伊豆急下田駅近くにある「チェシャーキャット」。オーナーはフリージャズ・トランペッター、庄田次郎氏。学生時代、夏休みによく下田に遊びに行っていたときにお店を見つけました。おそらく1973〜74年ごろ、庄田氏が法政大学でフリージャズシンジケートというユニットをやっていた頃のマッチ。いまも健在です。(福山信一郎)

向ヶ丘遊園のジャズ喫茶「ガロ」のマッチ©ジャズ喫茶案内

小田急線向ヶ丘遊園のジャズ喫茶「ガロ」。このマッチは1967年創業当時のもの。新宿「DIG」に通いつめたという女性店主による硬派な店。オリジナル盤が豊富で、チャールズ・ミンガスのレコードはすべて揃っています。マークレヴィンソンのアンプとJBLスピーカーによる往年のジャズサウンドが楽しめます。いまは夜のみの営業。(ジャズ研ジャズ喫茶部)

横須賀のジャズ喫茶「ブルーノート」のマッチ©ジャズ喫茶案内

横須賀のジャズ喫茶「ブルーノート」。創業1979年。マスターが亡くなった後、いったん閉店となりかけましたが、2012年に移転してリニューアルオープン。いまは夜のみ営業のジャズバーに。女性店主が独りで切り盛しています。(ジャズ研ジャズ喫茶部)

東京・仙川のジャズ喫茶「レキュームデジュール」のマッチ©ジャズ喫茶案内

東京・仙川のジャズカフェ「レキューム・デ・ジュール」。店名はフランスの作家ボリス・ヴィアンの同名の小説(邦題は『日々の泡』)から。ヴィアンが生きた40〜50年代のパリの雰囲気へのオマージュに溢れた店内の雰囲気が素敵です。(ジャズ研ジャズ喫茶部さん)

群馬・高崎のジャズ喫茶「ダウンビート」のマッチ©ジャズ喫茶案内

1974年創業の群馬・前橋の老舗「ダウンビート」。いまはアナログレコードはほぼ処分してライブ中心の店に。マッチの裏表を使ってベン・ウェブスターの肖像を描いてます。マッチに記載されている「諸橋嘉明トリオ」は、ベーシストでもある諸橋マスターのハウスバンド。(ジャズ研ジャズ喫茶部)

新宿のバー「ナルシス」のマッチ©ジャズ喫茶案内

新宿・歌舞伎町のジャズバー「ナルシス」の前身、「酒場ナルシス」のマッチ。現店主川島夕子さんのご両親は、戦前から現「ナルシス」のすぐ近くの雑居ビルで文壇バーを経営していました。このマッチは日本のダダイズムの中心人物辻潤と婦人解放運動家の伊藤野枝夫婦の間に生まれた長男、詩人、画家の辻まことの絵とデザインによるもの。(ジャズ研ジャズ喫茶部)

 

「ジャズ喫茶案内」運営管理人。1959年生まれ。高知県出身。ジャズ喫茶初体験は18歳。ジャズライブ初体験は1978 年、 ジャズ喫茶「アルテック」(高知)でのビル・エヴァンス・トリオ。東京での出版社勤務を経て2013年、名古屋移住。jazzcity代表。

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