「べっぴんさん」と神戸のジャズ喫茶

「べっぴんさん」と神戸のジャズ喫茶

朝ドラに響くジャズ

NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」。

2016年10月3日の放送開始以来、平均視聴率20%以上をキープしており、NHKの朝ドラとしてはまずまずの人気である。

昭和の初めに神戸の山の手令嬢として生まれ育った主人公坂東すみれ(芳根京子)が、女学校の同窓生や幼なじみ3人と戦後の混乱期にベビー服・子供服メーカー「キアリス」を起業し、その家族や仲間たちとともに昭和の高度経済成長期を駆け抜けていくという物語だ。

「キアリス」は子供服・子供向け用品・ベビー用品の草分け的アパレルメーカー、神戸の「ファミリア」を、坂東すみれはファミリアの創業者坂野惇子がモデルとされている。

今年1月の放送に入ってから時代は昭和35年となり、ジャズ喫茶を舞台にすみれの娘さくら(井頭愛美)ほか新キャストを中心に展開していくなかで、週間視聴率は自己ベストを2回更新、1月20日放送の第90話では自己最高の22.5%を記録するなど「ジャズ喫茶編」はなかなか好調だ。

NHKの朝ドラで「ジャズ喫茶」という言葉が出てくること自体が、もう愉快としかいいようがない。

ジャズ喫茶のことしか興味がないのかといわれればそれまでだが、ジャズ喫茶愛好者としては毎回楽しませていただいている。

神戸の盛り場のビルの地下にあるそのジャズの喫茶の名前は「ヨーソロー」という。航海用語で「直進」の号令を意味する「宣候(ようそろ)」からとられたものだ。

この言葉が船上で使われるようになったのは幕末期の海軍からといわれ、この号令がかかると「了解」「異常なし」という意味で「ヨーソロー」と復唱されるシーンを、船舶が登場する映画やテレビではときどき見ることができる。

懐かしい昭和の情景を愛した神戸出身の切り絵作家、成田一徹の作品が壁に数点飾られてシックな雰囲気の「ヨーソロー」の店内には、船の舵輪を使ったシャンデリアが天井からぶら下がっていたり、船室を連想させる丸窓が壁に並んでいる。

〝ママ〟と呼ばれる女主人の大村すず(江波杏子)は、病気で夫を、戦争で一人息子を失い孤独な境遇にあるが、こういう意匠の店にしたのは、船の沈没によって帰ってこなかった息子への思いがこめられているのかもしれない。

船をモチーフにした造りの喫茶店は、港や海に近いところでは珍しくない。ジャズ喫茶ですぐに思い浮かぶのは北海道・網走の「デリカップ」だ。この店は設計から施工まで、ヨットマンのマスターがキャビンをイメージしてすべて自分の手で作り上げたものだ。

横須賀には文字通り「Cabin」という店名のジャズ喫茶がある。横浜・長者町の老舗ジャズ喫茶「ファースト」も海をイメージした、港町の雰囲気が漂うインテリアだ。また、稲毛海岸に近い西千葉のジャズバー「ビリーズ・バー」の入り口扉は船室の丸窓そのもののデザインがあしらわれている。

また、「ヨーソロー」のカウンター隅には演奏中のレコードが灯台のミニュチュアレプリカに立てかけられてあるが、これと同じものが東京・神保町の「アディロンダック・カフェ」のカウンターにもある。

また、同じものではないが、東京・小金井にはその名も「ライトハウス(灯台)」というジャズ喫茶があって、ここにも灯台のミニチュアが置かれている。「ライトハウス」のマスターは、村上春樹がやっていたジャズ喫茶「ピーター・キャット」が国分寺にあったころにスタッフを務めていた人だ。

「ヨーソーロー」の店内でレコードをかけるシーンがときどき出てくるが、『NHKドラマ・ガイド 連続小説べっぴんさん Part2』(NHK出版)に掲載されている写真を見ると、レコードプレイヤーはスイスの精密機器メーカー、トーレンス社の50年代の銘機、TD124のようだ。ただし、トーンアームはオリジナルではなく、1966年にトーレンス社を傘下にしたドイツEMT社のEMT929にグレードアップされているようにみえる。

このターンテーブルは小道具スタッフがオーディオ・マニアから借りてきたものだそうだ。いまのところスピーカーなど他のオーディオ機器は見当たらないが、もともとセットにはないのかもしれない。

「ヨーソロー」にはドラムセットが置かれていて、ライブもできるようになっている。NHK神戸放送局がアップしている「べっぴんさんご当地サイト」にはこの「ジャズ喫茶編」の裏話が詳しく解説されているが、それによると、シェル(胴)の色がシャンパンゴールドのこのドラムセットは、1960年代に作られたヴィンテージで、神戸のライブハウスから借りてきたものだという。

おそらく、アート・ブレイキーをはじめマックス・ローチ、フィリー・ジョー・ジョーンズ、トニー・ウィリアムスなど、モダン・ジャズ・ドラミングの頂点に立つプレイヤーたちが愛用したグレッチ製だろう。彼らがこのシャンパンゴールドのグレッチを叩いている姿は、当時のたくさんの写真に残されている。

「ヨーソロー」が登場する最初の回で、プロ志望の河合二郎(林遣都)がこのドラムを叩いた。その曲がモダン・ジャズの超人気盤『クール・ストラッティン』(ピアニスト、ソニー・クラークのリーダーアルバム、1958年録音)に収録されている同タイトル曲だったものだから、ジャズ・ファンへのアピールは十分だったようだ。

ドラマーに扮する林遣都は、ドラム演奏はまったく未経験だったが、放送では実際にドラムを叩いている(音は差し替えのようだ)。チーフ演出の梛川善郎から音源を渡され、神戸在住のプロ・ドラマー、冨士正太朗から特訓を受けたという。「裏拍のリズムを取るのが、慣れるまで難しかったです」(林)という(『NHKドラマ・ガイド 連続小説べっぴんさん Part2』NHK出版より)。

放送では、二郎のバンドによって<クール・ストラッティン>ともう1曲、やはり『クール・ストラッティン』に収録されている<ブルー・マイナー>が演奏された。この<ブルー・マイナー>は「ジャズ喫茶編」のテーマ曲といってもいいぐらい、たびたび番組で流される。

トランペットを吹いているのは広瀬未来。ハードバップ系奏者としてアマチュア時代から注目され、ニューヨーク修行を経ていまは神戸を拠点に置き、この1月には「なにわ芸術祭:なにわジャズ大賞プロ部門」を受賞したばかりだ(広瀬は同賞初のアマチュア、プロ両部門を受賞)。そのほか、西田仁(ピアノ)、坂崎拓哉(ベース)など、いずれも神戸の若手ジャズメンがバンドメンバーとして出演している。

音源は「ヨーソロー」ではなく、NHKスタジオで録音されたもの(ドラムはおそらく吹き替え。このグループで一緒に活動している齊藤洋平か、ドラム指導にあたった冨士による演奏かもしれない)。

この「ヨーソロー」が実在するジャズ喫茶をモデルにしたのかどうか。

かつて元町にあった「ジャスト・イン・タイム」にも似ていると筆者は思うが、ネット(Twitter)の声を拾ってみると、やはり神戸・北野坂のジャズスポット「SONE(ソネ)」を挙げる人が多いようだ。

1969年創業の「SONE」は、ジャズ喫茶ではないがジャズの生演奏を聴かせるレストランで、神戸のジャズ・ライブの聖地として数多くのミュージシャンを育ててきた老舗である。木材を基調にした上品で落ち着いたインテリア、ゆったりとした広いスペースやステージ背後の赤レンガの壁などに共通点を感じる人が多いのだろう。

また、「SONE」のいまはなき名物ママ、曽根桂子さんと江波杏子演じる大村すずを重ね合わせる人も多いのかもしれない。曽根さんは、神戸ジャズのゴッドマザー的存在としてたくさんのジャズメンをバックアップしたことで知られている。

「べっぴんさん」では、主人公すみれの娘さくらが、すみれの同窓であり、「キアリス」の同僚でもある良子(百田夏菜子)の息子龍一(森永悠希)や君枝(土村芳)の息子健太郎(古川雄輝)ら高校生たちと「ヨーソロー」に出入りするようになる。

さくらは、ドラムを叩く河合二郎に密かに恋心をよせ、夏休みになるといつのまにか「ヨーソロー」の手伝いをはじめるようになる。両親がしぶしぶ認めたとはいえ、実家を出て叔母の家に住みながらのさくらの行動には、ドラマの中よりもドラマを見ている視聴者からの声が厳しい。

「女子高校生が制服を着てジャズ喫茶とは」「校則で喫茶店は出入り禁止のはず。ありえない。退学でしょう。」「良家の子女がジャズ喫茶なんて。」という声がTwitterに散見され、ある程度は予想をしていたが、〝ジャズ喫茶〟への世間の風あたりはなかなか強い。(次ページへつづく)

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