書評  MILES:Reimagined 

書評   MILES:Reimagined 

 

ジャズとはソーシャル・ミュージックだ

本書のタイトルが『MILES:Reimagined』とされたのには、ロバート・グラスパーの最新作『エブリシングス・ビューティフル 』と大きな関係がある。

このアルバムは、ドン・チードル主演・脚本・監督の映画『マイルス・アヘッド』のサウンドトラック盤を手がけたグラスパーが、それと合わせて’Reimagine’というコンセプトをもとに創り上げた、マイルスとの時空を超えたコラボ盤である。

CBSが保管しているマイルスが残したトラックをグラスパーが自由に組み合わせながら、エリカ・バドゥ、ビラル、ハイエイタス・カイヨーテ、キング、ジョン・スコフィールド、そしてスティーヴィー・ワンダーらのプレイを加えて制作された新たなオリジナル・アルバムなのだ。

本書に収められたグラスパーへのインタビューから、このアルバムの制作意図について引用しよう。

「トリビュートにはならないと思ったからね。ドンが俺に望んだのはグラスパーとマイルスのコラボ。今でもマイルスが生きていて、俺と一緒に音楽をプロデュースしているかのような形だ。だからリミックスもやりたくなかった。リミックスはすでに出来上がったものから断片を拾ってループしてヒップホップ・サウンドにすることのほうが多いだろ? それじゃ新しくない。マイルスが生きていたら、リミックスは望まないだろう。マイルスが今でも生きていたら、彼は自分の音楽を<reimagine(=再考/再創造/再生)>して欲しかったはずだ。」

 

「Interview:Robert Glasper」(インタビュー/文 柳樂光隆)p20より抜粋

グラスパーの言葉の中で重要なのは、ドン・チードルが「今でもマイルスが生きていて」、グラスパーと一緒に音楽を創っているようなものを求めたということだ。

 ロバート・グラスパー

映画『マイルス・アヘッド』は、〝マイルスの伝記映画〟と伝えられることが多いが、史実にもとづいている個所も多いらしいものの、正しくは、フィクションだ。

1975 年からの5年間、マイルスが一時活動を停止していたこの時期にスポットがあてられ、その空白の時間にマイルスは何をしていたのか、ということをチードルが想像をめぐらせて創り上げたものなのだ。

本書の解説によると、この70年代の引退時期に、マイルスとユアン・マクレガー扮するローリングストーン誌の記者がニューヨークの街でさまざまな冒険を繰り広げる始終を、ときには50年代などの過去へとフラッシュバックしたシーンも交えながら描いているという。

そして映画は、「現代のマイルス」が登場するところで終わるという。つまり、この映画ではマイルスは今も生きていることになっているのだ。

「マイルスは過去も、そして今も生きている」——どうやらこれが、重要なテーマのようだ。

本書のドン・チードルへのインタビューでは、彼から興味深いコメントを引きだしている。映画に登場する「現代のマイルス」が着ているジャケットに〝#social music〟という文字がプリントされていたことを質問したさいの回答だ。

まず、君があのジャケットに反応してくれて嬉しいよ。まさに期待通りの反応だからね。『あ、これって今なんだ。ケンドリック・ラマーや、カマシ・ワシントン、ジャック・ホワイトたちがいる、今の音楽についての映画なんだ』っていう反応を期待していたんだよ。マイルスはこういった全ての音楽ジャンルの一部だし、僕が何よりも願っているのは、映画を観た人たちが、#social musicの意味を理解するために、マイルスについてもっと知りたい、彼の音楽をもっと聴いてみたいという気持ちになって劇場を出て行くことなんだ。

マイルスの命日を出さずに映画を終わりにしたのは、『マイルスはまだここにいる。映画の中で起こった事は、今でも続いているだ』っていう僕なりのメッセージなんだ。」

「Interview:Don Cheadle 」(インタビュー/ケイト・アーブランド 翻訳協力/飯村淳子)p15より抜粋

 


Don’t call it jazz, it’s “Social Music”!(ジャズと呼ぶな、ソーシャル・ミュージックと呼べ!)

 
映画『マイルス・アヘッド』のトレイラー(予告編)で、チードルはこの台詞をマイルスに吐かせている。

これはじっさいにローリングストーン誌の1969年のインタビューでマイルスが語ったものだ。インタビュアーは、元ダウンビート編集部員のドン・デマイケル。このときマイルスは「ジャズは、白人にこびへつらうアンクル・トム(黒人奴隷)の言葉だ、オレは雑誌を読むまでジャズなんて言葉があることすら知らなかった」と吐き捨てたあとでこう続けている。

Miles says. It’s social music. There’s two kinds white and black, and those bourgeois spades are trying to sing white and the whites are trying to sound colored. It’s embarrassing. It’s like me wearing a dress. Blood,Sweat and Tears is embarrassing to me.They try to be so hip, they’re not.

マイルスは言う。ソーシャル・ミュージックなんだよ。この世には2つのものがある。白い音と黒い音。ブルジョワの気取った黒人たちは白っぽく歌いたがるし、白人連中は黒っぽいサウンドをやりたがる。あれは恥ずかしい。オレが(女のように)ドレスを着ているようなもんだろ。ブラッド、スウエット&ティアーズは目もあてられん。ヒップじゃないのに、ヒップに振る舞おうとしているんだからさ。(筆者訳)

このローリングストーンのインタビュー記事の全文は、このページで読むことができる。

A Rolling Stone Interview with Miles Davis

また、日本語訳は、かつて私が『GQ JAPAN』1999年12月号で中山康樹さんを監修に迎えて編集制作した約60pのマイルス・ディヴィス特集で、中山さんの妻である翻訳家中山啓子さんによる全文訳が掲載されている(『世界一のロック・バンドを作ってやる』p63-p71)。この号は古本でまだまだ入手できるし、国会図書館で読むこともできる。

この「ソーシャル・ミュージック」という言葉には、いまだに適切な日本語訳がみつからない。

たとえば穐吉敏子は「ジャズはソーシャル・ミュージックだ」ということをたびたび語っていて、それは、ジャズにおいては、ミュージシャン同士のコミュニケーション、つながりがもっとも大切であるという。

ここでのコミュニケーションとは、たんに仲良くするということではなく、ミュージシャン同士の自然発生的なやりとりから予測不可能でスリリングな緊張関係が生まれることも指していて、それがジャズの醍醐味であり、本質であるということだろう。

マイルスの「ジャズとはソーシャル・ミュージックだ」という言葉も、狭義ではこれと同じものだろう。

自分のグループのメンバーたちに可能な限りの自由を与え、彼らの創造性が可能な限り発揮される「空間」を作り、そのやりとりから生まれたものをまとめ上げたのが、リーダーとしてのマイルスの姿だったからだ。

このことは、本書PART6でも指摘されている。

「マイルスって終始、あの美意識というか、あの空間ってことだよね、究極的にはね」(原雅明)

 

PART6 「2016年に聴くマイルスのエレクトリック期 柳樂光隆×原雅明」p75より抜粋

ビ・バップまでの、自分の引きだしの中に保管してあるフレーズをコードに合わせてつなぎ合わせて体裁をつくろうという方法を、マイルスはある時期から拒絶した。ミュージシャンたちには無限の自由が与えられたが、その見返りとして、自分は何者であるかを問われる極限状況にマイルスは彼らを追いつめた。

それは、マイルスにとって生涯の師だったチャーリー・パーカーのあの有名な言葉を、彼の流儀でさらに突きつめたものといえるかもしれない。

If you don’t live it, it won’t come out of your horn.(自分の生き様だけを自分のホーンで鳴らすことがきる。)

そして、マイルスやチードルが語る「ジャズとはソーシャル・ミュージックだ」という言葉には、さらに根深いものが含まれてはいないだろうか。それは人種差別とかかわりがある。

巻頭のドン・チードル・インタビューの直後に、小林雅明による「人種差別とマイルス・デイヴィス」が掲載されているのは、このことを踏まえてものだろう。

1959年8月、マイルスが警官に警棒で殴られて頭部を負傷、一晩拘置所に拘留されるという事件が起きた。

ニューヨークのジャズクラブ「バードランド」に出演中だったマイルスが、公演の合間にファンの白人女性をタクシーで送り出したあと、店の前に立っていたらひとりの白人警官から「そこをどけ」と命令されたことからいざかいが起きた。

ムッとしたマイルスが警官に詰め寄ったところ、たじろいだ警官が持っていた何かを落としてしまい、それがまるでマイルスが暴力を振るったかのように見えた。 マイルスの後ろからやってきた他の警官にマイルスは警棒で殴打され、マイルスは地面に崩れ落ちる。

公務執行妨害で訴えられたものの告発は却下されたが、警察に対しての50万ドルの損害賠償訴訟には負けた。

この事件がマイルスはよほどこたえたようで、「この出来事は、オレを永遠に変えた。オレを、はるかに気難しく、冷淡な人間にしてしまった」と『マイルス・デイビス自叙伝』(マイルス・デイビス、クインシー・トループ著/中山康樹訳/JICC出版局)で語っている。

ちょうど『カインド・オブ・ブルー』の発売直後で、『スケッチ・オブ・スペイン』のレコーディングを控えているタイミングでこの事件は起きた。音楽的に成功し、富も名声も得て、彼のキャリアの絶頂にあるときだった。

頭に包帯を巻いたマイルスの写真が新聞で大々的に報じられ、その惨めな姿を世界中に晒されたことがマイルスのプライドを大きく傷つけた。

いまの私たちがこの事件から連想せざるをえないのは、2014年の夏にテキサス州ファーガソンで起きた白人警官によって丸腰の黒人青年が射殺された事件、そして2016年6月にルイジアナ州バトンルージュとテキサス州ダラスでたて続けに起きた警官による黒人射殺事件だ。

3件とも射殺された黒人たちは無実で、警官による過剰な「正当防衛」とみられるものだ。

2014年のファーガソン事件の後、全米で黒人の人権擁護を訴える運動“Black Lives Matter(黒人の命は軽くない)”が立ち上がり、デモが行なわれた。

それに触発されたケンドリック・ラマーの2015年のアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ 』は大ヒットしてグラミー賞最多5部門を受賞、「警官はオレたちを路上で殺そうとしている」と警告を発しながらも未来への希望を歌った収録曲「オールライト」は同賞の最優秀ラップ楽曲賞を獲得し、Black Lives Matter Movementsに参加する黒人の若者たちに支持された。

ケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』にも参加したロバート・グラスパーは、オリジナル・サウンドトラック『マイルス・アヘッド』の最後に収録されている「ゴーン2015」について次のように語っている。

マイルスがまだこの世にいるかのように作ることをドンは望んだ。“Gone”をインスピレーションとして取り上げたけれども、実際に取り入れたのは“Gone”という言葉だけだ。マイルスの影響が今でも残っていることを象徴する新しい音楽を作りたかったから。隠語的に、マイルスは死んでいないということも示すために身体は<gone>でも、彼はまだ俺達の中で生きているということ。そして完成した“Gone 2015”は、今の時代を象徴する音楽にもなっている。“Black Lives Matter”(黒人の人権擁護を訴えるムーヴメント)についても語っていて、今の世界を反映している。それもマイルスのトレードマークだった。彼はどの時代でも、その時その時に社会で何が起こっているのかを鏡のように自分の音楽に投影していた。もし“Gone”の制作年代が将来わからなくても、曲の内容を聞けば、2015年、2016年あたりのことだと一発でわかるはずだ。

「Interview:Robert Glasper」(インタビュー/文 柳樂光隆) p19-20より抜粋

チードルの言葉を思い出してみよう。

「『あ、これって今なんだ。ケンドリック・ラマーや、カマシ・ワシントン、ジャック・ホワイトたちがいる、今の音楽についての映画なんだ』っていう反応を期待していたんだよ。マイルスの命日を出さずに映画を終わりにしたのは、『マイルスはまだここにいる。映画の中で起こった事は、今でも続いているだ』っていう僕なりのメッセージなんだ。」

「マイルスはまだここにいる」

これが、ドン・チードルの映画『マイルス・アヘッド』、ロバート・グラスパーの『エブリンシングス・ビューティフル 』、そして柳樂光隆監修の『MILES:Reimagined』に通底するテーマだ。

「僕が何よりも願っているのは、映画を観た人たちが、#social musicの意味を理解するために、マイルスについてもっと知りたい、彼の音楽をもっと聴いてみたいという気持ちになって劇場を出て行くことなんだ」(本書p15)というドン・チードルの言葉が示唆するものは深い。

さきほど、マイルスの『ローリングストーン』誌のインタビューが中山啓子さんの翻訳によって『GQ JAPAN』に全文掲載されていると書いたが、実はこの記事には、マイルスが語ったMiles says. It’s social music.という部分は、センテンス丸ごと抜けて落ちてしまって翻訳されていない。中山康樹さんもチェックしたはずだが、なぜかカットされている。編集をしていた私も気づかなかった。

中山さんは、マイルスの「ジャズとはソーシャル・ミュージックだ」という言葉の前後にその意味がなんの説明もされていないため、そのまま訳してしまうと読者が混乱すると判断したのだろう。

この雑誌が発売された1999年当時は、このマイルスの「It’s social music」という言葉は、日本ではまったく注目されていなかった。要するに、このときはマイルスの言葉の意味の重さを受け止めきれなかったのだ。

いまだに、マイルスの「ジャズとはソーシャル・ミュージックだ」という主張について分析や解釈を試みたものは、日本語の文献ではみあたらない。海外ではどうなのだろう?

 左/ユアン・マクレガー 右/ドン・チードル

(次ページへ続く)

「ジャズ喫茶案内」運営管理人。1959年生まれ。高知県出身。ジャズ喫茶初体験は18歳。ジャズライブ初体験は1978 年、 ジャズ喫茶「アルテック」(高知)でのビル・エヴァンス・トリオ。東京での出版社勤務を経て2013年、名古屋移住。jazzcity代表。

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