書評  MILES:Reimagined 

書評   MILES:Reimagined 

 

エレクトリック・マイルスとクールの誕生

1968 年頃から1975年頃までの〝エレクトリック・マイルス〟と呼ばれる時代のマイルスのアルバムについて語ろうとすればはずせないのが、プロデューサー、テオ・マセロだ。

テオは、『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969年)において、マイルスのまったく同じ録音のソロ・パートを曲の冒頭と最後に2度使うという、それまでのジャズではありえなかった発想による編集作業を行なってアルバムをつくりあげた。

そのテオの仕事ぶりを分析、論考したのが高橋健太郎による「テオ・マセロのテープ編集術」だ。

これまでテオの仕事は、60年代以降のロックによって飛躍的に進歩したスタジオ作業の方法論をジャズに持ち込んだという文脈のみで語られてきたが、高橋は、ブレイク・ビーツの元祖とでもいうべき編集技術を『ビッチェズ・ブリュー』のある部分でテオが駆使していて、ヒップホップの先がけとなる仕事をしていたのだと解説している。

ロックの追随者としてではなく、さらに時代を飛び越えて、ヒップホップへとつながる未来をテオ・マセロは先取りしていたというのだ。これは新しい指摘だろう。

ジャズ・レコードにおけるテープ編集というテーマは、高橋が指摘するように「生演奏史上主義」で、テープによる演奏の改ざん? を潔しとしないファンが圧倒的に多いジャズの世界では、これまで忌避されがちなものだった。

セロニアス・モンクの代表作『ブリリアント・コーナーズ』の同名タイトル曲は、プロデューサー、オリン・キープニュースの後年の述懐によると、あまりにも曲の構造が難しすぎて各メンバーが揃って最後まで演奏できたテイクが録れず、スタジオ使用時間の制約上、テープ編集によってまとめたものだという。

このような、レコードとしての体裁を繕うためのテープ編集作業はおそらく、ジャズにおいてもいろんな局面で行なわれていたのではないかと思う。

ただし、クリエイティブな意図を持っての編集作業となると、ホームスタジオにこもり、オーバーダビングによる1人多重奏や、あらかじめ録音しておいたリズムトラックにテープ回転速度を上げた自分のピアノ演奏のトラックを乗せるという操作によって『鬼才トリスターノ』(1955年)を作り上げたレニー・トリスターノや(ただし、トリスターノ本人は、テープ回転は速めていない、実際の演奏のままだとスイングジャーナル1976年7月号で児山紀芳編集長に語っている)、3台のピアノをオーバーダビングした『自己との対話』(1964年)はじめ、1人多重奏アルバムを計3枚作ったビル・エヴァンスなど、ごくわずかな例にとどまるだろう。

ちなみにジャズにおける1人多重奏でもっとも古いのは、シドニー・ベシェが1941年にビクターに吹き込んだ「The Shake of Araby」と「Blues of Bechet」で、このときベシェは、一人でクラリネット、ソプラノサックス、テナーサックス、ピアノ、ベース、ドラムの六重奏を行なっている。ただしこれは、芸術性とは縁遠いお遊び企画のようなものだった。

おそらく、ジャズ史上もっともクリエイティブで芸術性の高いスタジオワークを行ない、成功を収めたのはテオ・マセロ一人かもしれない。

テオ・マセロが、専門エンジニアに特注でつくらせたという編集用マシーンを使ってマイルスのマスター・テープにどれほどの手を入れたのか、正直わからない部分が多く、いまではブラックボックスと化した彼の仕事が、マイルスの神秘性を高める要因のひとつとなっていることはまちがいないだろう。

左/ テオ・マセロ

エレクトリック・マイルスの章の冒頭の対談記事「2016年に聴くマイルスのエレクトリック期 柳樂光隆×原雅明」のなかで、柳樂がテオ・マセロが手がけた盤は「音質が悪い」「古い録音のローファイ感を狙ってた気もします」と言い、原も「テオは絶対変だよね。テープ編集も精巧というよりもむしろ粗い」と答えている。

これに関連することだが、浜松のジャズ喫茶「トゥルネ・ラ・パージュ」で私はこんな経験をした。

この店の天井はビルの3〜4階建分ぐらいはあろうかというほど高く、おそらく日本でいちばん広いジャズ喫茶だ。その天井の下に、本体価格1800万円のドイツ、アヴァンギャルド・アコースティック社製の巨大なスピーカー・システム「TRIO+66BASSHORN」が据えられている。フランス語で「ページをめくる」という意味の「トゥルネ・ラ・パージュ」のオーディオシステムは、ジャズ喫茶としては日本でもっとも高額だろう。

この店で一度、マイルスの『ジャック・ジョンソン』をリクエストしたのだが、その前にかかっていたグラント・グリーンの『アイドル・モーメンツ』を聴いたときほどの、惚れ惚れとするような感動は残念ながら得られなかった。

グラントのブルーノート盤では、テナーサックスのジョー・ヘンダーソンがまるで目の前に現れたかというほどのリアルな音像に驚かされたのだが、『ジャック・ジョンソン』では同じことは起きなかった。

『ジャック・ジョンソン』は録音日がバラバラのテープが混然となって編集されているそうだが、そのためだろうか、各人のソロとソロのつながりを始め、各楽器の定位やエフェクト処理など、全体にどうも不自然というか、人口的な響きに聴こえた。

一度だけなので断定はできないが、アヴァンギャルドのような現代的でハイスペックなシステムだと、テオ・マセロの編集によるアラが目立ってしまうのかなとも思った。

どうもエレクトリック・マイルスは、ヴィンテージのJBLのようなセットで聴いたほうが気持ちがよいのではという気がする。

1979年か80年だと思うが、「オーディオユニオンお茶の水店」のすぐ近くの雑居ビルの中に「KU SPACE」というジャズ喫茶があった。

表には大きな看板はなく、打ちっぱなしのコンクリートによるローテックな内装で、ニューヨークのソーホーあたりのアトリエを連想させた。

椅子は黒い革張りで、いまにしておもえばル・コルビジェのスリングチェアのような(おそらくホンモノではないと思うが)スタイリッシュなものだった。そのとき店では『アガルタ』や『ダーク・メイガス』が、まるでマイルスが愛したフェラーリのV型12気筒エンジンのように鳴り響いていた(ような気がする)。

『アガルタ』の初回盤のライナーノーツには「住宅事情が許すかぎり大音量でお楽しみください」と但し書きがされていたことは有名だが、そのマニュアルに忠実に従っているようだった。

「KU(くーさん)」と呼ばれるマスターが経営していたらしく、いまの私のおぼろげな記憶だと「くーさん」の容貌は山本燿司と重なってしまう。「くーさんは元PAエンジニアだったらしい」「オーディオには1千万以上かけたらしくて、エレクトリック・マイルスを聴くためにセッティングされているらしい」といった噂を当時耳にした。

だが、1年も経たないうちに閉店してしまったので、一度しか訪問することができなかった。その後、いろんな人に「KU SPACE」の話をするのだが、知っているという人にはまだ会ったことがない。雑誌広告を出したことはないようで、いまではまったく記録の残っていない幻の店となってしまった。

 左/マイルス・デイヴィス 右/ギル・エヴァンス

さて、エレクトリック・マイルス時代に紙数がもっとも多く割かれている一方で、それとは対照的なテーマともいえるマイルスとギル・エヴァンスとのコラボレーションについても光をあてたのがPART2「1949-50」とPART4「MILES&GIL」だ。

『クールの誕生』から始まるギル・エヴァンスとマイルスのコラボレーションが歴史的に重要である、ということはジャズの教科書には必ずといっていいほど書かれていることで、いわば必須科目であるが、では、この2人の仕事がなぜすごかったのかということをわかりやすく教えてくれた例となると、ほとんどない。

ベテランのジャズファンのなかにも「いまだにこの科目は苦手」という人はかなり多いと思うので、ぜひこの機会に再トライしていただきたい。

作曲家、アレンジャーとしてニューヨークで活躍中の狭間美帆は、2016年の米ダウンビート誌で「ジャズの未来を担う25人」の中に選ばれるほどのいま注目されている逸材だが、その狭間が本書で語る「ギル・エヴァンスの編曲術」は面白い。

狭間のような〝プロフェッショナル〟がジャズの編曲について説明するとなると、難しい楽理から入るものと思われがちだが、ここでの狭間は、専門的な音楽用語や音楽理論をまったく用いずにギルの作業の内容を解説している。

トロンボーンとか、すごく高い音だったりするので、ひっくり返っちゃったりもするし、安定した音としては出てないんですよ。音程も不安定になってたりとか、しかもそれをすごい小さい音で演奏しろみたいに書いてあるんです。だから、緊張しちゃってフイイイみたいな音になるんですけど、そういう音を求めてるんですよね。

「狭間美帆が語るギル・エヴァンスの編曲術」(インタビュー/文 柳樂光隆)P51より抜粋

 

このように狭間が平易な語り口でギルの「魔術」の核心を解き明かしていくこのインタビューは本書のハイライトのひとつといっていいだろう。

この記事と合わせて、バリトンサックス奏者吉田隆一によるPART2収録の「クールが誕生した後に——マイルス・デイヴィスとガンサー・シュラー」を読むと、ジャズの必須科目にもかかわらず、その重要さがなかなか理解されないこの時期のマイルスの音楽についての興味が深まるだろう。

そして、この時期にマイルスや彼に関わった人間たちが成しえたことが、いま、マイルスや現代のジャズを聴くうえでたいへん重要な意義を持っていたことを本書は示唆している。

まずクロード・ソーンヒルやギル・エヴァンスではなく、ガンサー・シュラーの名が記事の見出しに挙がっていることに、この記事の特色が端的に示されている。

シュラーといえば、これまでは1950年代に「ザ・サード・ストリーム・ミュージック(第三の潮流)」という、現代音楽やクラシックの要素をジャズに持ちこむ試みをしてはみたものの頭でっかちでスイングしないジャズもどきを作ってしまった残念な人物、というネガティヴな紹介のされ方が日本のジャズ界では多かった印象があるが、本章での吉田隆一や、狭間美帆の「ギル・エヴァンスの編曲術」においては、シュラーのポジティブな重要性が強調されている。

またおそらく紙数の関係で詳しい論述はないが、一時期シュラーと活動をともにしたジョン・ルイスの名前も重要人物として挙げられている。

なぜ、ガンサー・シュラーやジョン・ルイスが再評価されるべきなのか。

それは彼らが「サード・ストリーム」として試みた「ジャズでもクラシックでもない音楽」(狭間美帆)が、いま世界各地で同時発生的に営まれている最新ジャズの構造とつながっている面が多いからではないだろうか。

テーマ(アンサンブル)からソロの受け渡し、そして最後にまたテーマ(アンサンブル)に戻るというビバップ様式の限界を50年代からすでに感じていたルイスやシュラーは、アンサンブルとソロの関係が「全体とその一部」として機能する構造の作品を指向した。

ビバップにみられる「テーマはテーマ、ソロはソロ」というような、テーマ(アンサンブル)とソロの関係が分離独立したものではなく、テーマ(アンサンブル)とソロが互いに完全に補完しあうことでひとつの「曲」が生まれるという構造だ。

これはデューク・エリントンやさらに遡って「ジャズの創始者」と自称したジェリー・ロール・モートンにもつながるコンセプトだ。そして、2010年代の「現代ジャズ」と呼ばれるものの多くが、これと同じベクトルを向いているといっていいだろう。

ベテラン・ジャズファンの中には2010年代ジャズが「いまいち好きになれない」「ピンとこない」という感想を抱いている人が多いようだが、それは、そうしたジャズファンの中に『クールの誕生』にいまひとつ愛着がわかないケースが少なくないようにみえることと関連性があるのではないだろうか。

前述した現代性も備えた『クールの誕生』は、むしろ、2010年代ジャズやインディー・クラシック、ポスト・ロック〜エレクトロニカなどのプロダクトから入ろうとしている若い音楽ファンの耳のほうがしっくりくるのかもしれない。

現代のジャズにポジティブな影響を与えている『クールの誕生』とは何だったのか、本書を通してこの時代のマイルスを〝再履修〟してみるのも面白いと思う。

(次ページへ続く)

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